綺麗な青空が広がる、午後のイリュジア。
その城下町を歩いていく、二つの影。
小さな影と、大きな影。
その二つが並んでいるのは何だか不格好なのだが、
二人のどこか楽しそうな雰囲気に周囲の人間も何となく、癒されていた。
小さな影……ペルは、隣を歩く少年、シュタウフェンベルクを見上げる。
小さな手でシュタウフェンベルクの左手を握る彼。
シュタウフェンベルクはそれに気づくと視線をそちらへ向けた。
「シュタウフェンベルクと、お出掛け……久しぶり」
ペルははにかんだように言う。
それを聞いてまばたきをしたシュタウフェンベルクはふっと笑う。
そして綺麗な青空を見上げて、目を細めた。
「そうだな。
最近は私も出掛けることが少なかったし……」
シュタウフェンベルクはそう呟く。
ペルは彼の手を握る手にきゅっと力を入れつつ、言った。
そして、ぽそりと呟くように、言う。
「……嬉しい」
シュタウフェンベルクと出掛けられて嬉しい、とペルは言う。
表情がくるくると変わる方でない、むしろ無表情なペルだが、
気持ち的には大分はしゃいでいるようで、シュタウフェンベルクの手を握る力が強い。
そんな彼の様子を見て、シュタウフェンベルクは目を細める。
そして軽く彼の手を握り返してやりながら、言った。
「そうか……」
そういいつつ、彼はふっと苦笑する。
そして、呟くように言った。
「出掛けるといっても、遣いと言うのが少し、なんだけどな」
そう。
それだけが、少々ネック、かもしれない。
彼らは遊びに出てきた訳ではない。
シュタウフェンベルクが任された外での仕事に、ペルが同行した形だった。
久しぶりに外に出たとはいえ仕事。
それも何だかな、とシュタウフェンベルクは苦笑する。
どうせならば、遊びに連れ出してやれたら良かったのだが……
イリュジアの騎士ではないとはいえ、何かと用事を言いつけられる身だ。
早々遊んでも、いられない。
もっとも。
それはカルフィナでも同じことだけれど。
ペルはそんな彼を見つめた。
そしてきゅっと彼の手を握りながら、言う。
「それでも、いい」
仕事でも、構わない。
遊びに出てきた訳でなくても構いはしない。
一緒にこうして出てこられたことが嬉しい。
シュタウフェンベルクはそれを聞いて微笑む。
「そうか、それならいいんだが……」
彼がそれでも良いというなら、つれてきて良かったと思う。
無論ペルは一緒に来る必要性はなかったのだけれど、
シュタウフェンベルクと一緒にいきたいといって、ついてきたのだ。
仕事がてらだから来ても面白くないかもしれない。
おいてきた方が良かっただろうか、と思いもしたのだけれど……
当人が楽しそうだから良しとするか。
シュタウフェンベルクはそう思う。
「シュタウフェンベルクも、お出掛け、久しぶり……?」
ふと思ったように、ペルは口を開いた。
さっきそういってたね、とペルは言う。
シュタウフェンベルクは少し考えてから、こくりと頷いた。
「そうだな……
最近は室内での仕事が多かったし……」
そこで彼は言葉を切る。
少々、渋い顔になった。
それを見て、ペルが代わりのように言葉の先を続ける。
「何より、暫く、安静……」
そう。
シュタウフェンベルクは少し前、トラブルに巻き込まれて、療養を余儀なくされたのだ。
もっとも、意識がはっきりしてからはさして自覚症状もなかったし、
もう大丈夫だからと何度も主治医に言いはしたのだが、
死にかけたのだから少しおとなしくしていなさいといわれ、
結局数日間、病室に軟禁されていた。
「主にそれだな」
シュタウフェンベルクはペルの言葉に苦笑気味に頷く。
あの状況は休めていたとはいっても気持ち的には休みきれなかったために素直に喜べない。
ペルはそのときのことを思い出したのか、少し表情を暗くしていた。
それに気づいてシュタウフェンベルクが軽く手を握ってやると、
彼はほっとしたように息を吐き出して、まっすぐにシュタウフェンベルクの方を見た。
「……無理したら、ダメ」
きっぱりとそういう、ペル。
それを聞いて、シュタウフェンベルクは頷く。
若干苦笑しつつ。
「あぁ、わかってる。ありがとう」
心配してくれてありがとう。
シュタウフェンベルクがそういうとペルはこっくりと頷いて、彼と一緒に歩いていく。
そんな風に自分を気にかけてくれる弟分の手を握ったまま、
頭を撫でてやることが出来ないのを残念に思いつつ、
シュタウフェンベルクはペルと歩いていったのだった。
***
そうして用事を終えた後。
シュタウフェンベルクとペルは帰路についていた。
行きと何ら変わらぬ道。
唯一違っていたのは、ペルの表情。
表情、というよりは雰囲気か。
「…………」
シュタウフェンベルクの隣を黙ったまま歩いていくペル。
彼は何処か不機嫌そうと言うか、拗ねているというか……
そんな雰囲気を纏って歩いていた。
それに気づいたシュタウフェンベルクは少し不思議そうな顔をする。
小さく首を傾げつつ、ペルに問いかけた。
「ペル、どうした?」
その問いかけにペルはゆっくり首を振る。
「どうも、しない……」
そう答える彼だが、やはり心なしか声が暗い。
少し考え込んだシュタウフェンベルクはひとつの結論に至った。
行きと違う点が、もうひとつ。
それは、シュタウフェンベルクがペルと手を繋いでいないことだった。
遣い先で荷物を預けられたシュタウフェンベルク。
片手でも十分持てる重さだったが、それを持っていれば、無論ペルとは手が繋げない。
どうやら、ペルはそれで拗ねているらしい。
「……ペル」
シュタウフェンベルクはペルを呼ぶ。
ペルは小さく首をかしげた。
「?なに、シュタウフェンベルク」
「私の、右側の袖を掴んでいてくれないか?」
やや唐突にシュタウフェンベルクはそういった。
それを聞いてペルはきょとんとした顔をする。
「え?」
いきなり彼はなにを言い出すのだろう。
そう思いながらペルは視線をシュタウフェンベルクの右腕……
否、平たくなっている右の袖を見る。
今一つ、彼の意図を読み取れない表情だ。
シュタウフェンベルクは小さく咳払いをした。
そして、やや言い訳めかして、言う。
「はぐれたら大変だし、それに……」
それに、で彼は一度言葉を切った。
そして、ふっと微笑みつつ、ペルに言う。
「そうしていたら、手を繋いでいるみたいだろう?」
やってみろ、とシュタウフェンベルクは言う。
ペルはきゅっと彼の右袖を握って……ぱっと、表情を明るくした。
「!ほんと、だ」
一気に彼の機嫌がなおったのがわかった。
シュタウフェンベルクはそれを見て目を細める。
そして、ややすまなそうに言った。
「本当は、ちゃんと繋いでやりたいんだけど……」
自分にちゃんと両腕があれば。
そうしたら、さっきだって手を握ったままで頭を撫でれたし、
いまだって片手で荷物を持ちながらでも彼の手を握れただろう。
シュタウフェンベルクはそう思いながら、息を吐き出した。
しかしペルは首を振る。
そしてきゅっとシュタウフェンベルクの服の袖を握りながら、いった。
「ううん、これで、いい」
ありがと、シュタウフェンベルク。
そういって嬉しそうに頬を染める彼。
それを見て、シュタウフェンベルクも表情を緩めた。
「良かった。……さぁ、とりあえず帰ろう」
暗くなる前に、とシュタウフェンベルクが促す。
ペルはその声にこくりと頷いた。
「うん。あ……」
歩き出そうとしたペルが何かに視線を止めた。
シュタウフェンベルクは小さく首をかしげる。
「?どうかしたか?」
そう問いかけるが、ペルは首を振る。
しかしその視線は今も何かに向いている。
それを追いかけていって……シュタウフェンベルクはふと笑んだ。
そして、ペルに言う。
「少し、待っててくれるか?」
「え?」
彼はそんなことをいい、ひとつの店に入っていった。
ペルはそれを慌てて追いかけようとしたが、シュタウフェンベルクに止められた。
「動かないで待っててくれ、何かあったら呼べばいいから」
「?わかった」
困惑しつつ、ペルは彼に言われた通りにした。
シュタウフェンベルクはそれを見ると、今度こそ店に入っていく。
そして数分後、何か小さな包みをもって、帰ってきた。
「おか、えり?」
「あぁ、ただいま。それと、これ……」
そういいながらシュタウフェンベルクはその小さな包みをペルに差し出す。
ペルはキョトンとしつつそれを受け取った。
そしてそれをくるくると回す。
開けていいぞ、と言う彼の言葉に包みをそっと開いて……
ペルは大きく目を見開いた。
「これ……」
それは、マグカップだった。
ペルの手にちょうど良い、大きすぎないマグカップ。
ぐるりと黒猫の絵が描いてある。
先程ペルが見ていたのはそれだった。
途中からは半分無意識だったのかもしれないが……
それがほしいのだろうと、シュタウフェンベルクは気づいた訳で。
「よく使うんだから、自分のがあった方が良いだろう?」
ペルはミルクを飲むときにせよ、ミルクコーヒーを飲むときにせよ、
マグカップを使っているのだ。
城に共用のものがあるが、どうせならば自分のの方が良いだろう。
シュタウフェンベルクはそういう。
ペルはその包みを丁寧に直して、ぎゅっと抱き締めた。
そして、嬉しそうな声色で、言う。
「!!ありがとう……」
大事にする。
そういうペルは、本当に宝物を抱くようにカップを抱えた。
もう一方の手はシュタウフェンベルクの服を掴んだままに。
シュタウフェンベルクはそんな彼の様子を見て穏やかに微笑みつつ、
"どういたしまして"とペルにいったのだった。
―― お出掛けとプレゼント ――
(お仕事のついででもいい。
こうやって、貴方と手を繋げるだけで幸せだから)
(強く握れば壊れそうな、幼い彼の手。
そこに灯る温もりと感情に、思わず笑みがこぼれた)