倫とフィアのやりとりからの王兄妹の戦闘ネタを考えてみました。
麗花に手を出されておこな倫が書きたかったというあれです。
フィアの前ではまだ猫被りをしている倫でした。
ともあれ追記からお話です。
任務の帰りに立ち寄る店が一つ増えた。
それは異国の茶葉も扱う、小さな店。
茶葉を中心にちょっとした薬や雑貨なども扱うその店は、フィアにとって居心地の良い場所で、ついつい足を運ぶことが増えていた。
甘い菓子も美味しい紅茶も好きではある。
しかし一人でカフェでケーキと紅茶を楽しむのはなんだか少し気恥ずかしくて、なかなかできない。
けれど、この店で店主の青年と言葉を交わしながら普段と少し違う茶を口にするのはあまりハードルも高くなくて。
店の雰囲気もまた、心地よいものだ。
異国情緒の漂う店内の雰囲気も心地よく、物珍しくもあって……
そうフィアがこぼせば、青年は少し嬉しそうに笑っていた。
そんなわけでフィアが青年……倫の店の常連となった頃。
「人探し?」
倫が語ったのは、彼がイリュジアに来た理由。
勿論商売のためというのもあるが、と前おいて、彼は言った。
「そうそう、我と妹が世話になった人でねー。その人を探してるんだー」
棚に並んだ瓶を拭きながら、彼は言う。
フィアは彼が選んでくれた茶をひと口啜り、一つ息を吐く。
渋みの少ない、飲みやすい茶だ。
彼が選ぶ茶はどれもフィアの好みによくあっていて、これもまたつい通ってしまう理由である。
店は大盛況と言うほどではないが、まばらに人がいる。
今もちらほらといる客の相手をしながら、倫はフィアと会話をしていた。
「お前の国の人間、と言うことだよな」
そうフィアが問えば、倫は小さく頷く。
「そういうこと。騎士様何か知らない?」
こてりと首を傾げる倫を見て、フィアは緩く首を振った。
「天朝上国の人か……多分今まで会ったことはないな、倫が初めてだ」
力になれなくてすまないな、とフィアは眉を下げる。
倫は笑みを浮かべると、首を振った。
「んーん、きにしないで。
まぁ、遠いもんねぇ。我も、昔うちに届いた手紙を見てイリュジアにいるのかなー?って思って来た程度だからさー」
あてがある訳じゃない。
そう言った彼は笑顔で言葉を続けた。
「でも騎士様は地方に行くこともあるでしょー?
もし何か手がかりを見つけたら教えてくれたら嬉しいなー、なんて」
我儘かなー?と言う倫。
フィアはふっと笑みを浮かべると、答えた。
「あぁ、何かわかったらお伝えしよう」
そう言ったフィアはそっと息を吐く。
そしてふと思い出したように呟いた。
「貴殿には妹君がいるのだよな」
先刻も、自分と妹が世話になった……と言った。
初めてこの店に来た時も妹が工芸茶を見て同じような反応をした、と話していたし。
そうフィアがいうと、倫は小さく頷いた。
「うん。これ写真」
そう言って、彼は一枚の写真を差し出す。
柔らかな光の中で微笑む銀髪の少女がそこには映っていた。
可愛いでしょ、という彼は少し得意げだ。
「紹介したいところだけどちょっと体が弱くてねー、陽の光を浴びられないからいつもは部屋の奥に居るんだぁ。
人見知りでもあるし、あんまり無理はさせたくなくてねー」
ごめんね、と詫びる倫。
フィアは少し眉を下げた。
「なるほど……医者には診せられているのか?」
彼らがこの国に来てからまだあまり経っていないはずだ。
もし良い医者が見つかっていないなら、紹介する。
そんな思いでフィアはいう。
倫は彼の言葉に一瞬驚いたような目を丸くした後、穏やかに微笑んだ。
「ん。大丈夫だよー。ありがとうね」
ほんとにみんな優しいねー、と笑う彼はそっと写真を撫でていた。
***
しんと静まり返った街の中。
不審な影が一つ、異国情緒溢れる店に近づいていく。
それは昼間、騎士と店主のやりとりを見ていた男だった。
茶を選びながら近くで盗み見た写真の少女。
その愛らしさと、それなりに儲かっている様子の店に興味を抱いた形だった。
元々男の目的は、盗みに入る家や店を探すことだった。
この手の店にはさまざまな人間が出入りする。
富裕層の人間も多いため、標的探しにはもってこいだと思っていた。
そんな店こそが標的になったわけである。
店主の青年はまだ下で店じまいをしているはず。
彼らの話を聞いて推測するに、体が弱いという妹はおそらく陽の当たりにくい部屋にいるはず。
魔術で体を浮かせ、カーテンの閉まった窓の一つを静かに壊す。
部屋に入り込んだ男はすぐに、それを見つけた。
椅子に座り、目を閉じている少女。
淡い月明かりの中で見てもその姿は美しい。
「なるほど、綺麗な娘だな。
東方の人間はこの辺りの人間とは違う魅力があって良い」
男はそう言いながら下卑た笑みを浮かべた。
この手で汚すのも悪くはない。
そうしてから売ったとしてもきっと相当高く売れるはずだ。
あとは、店の売上なら商品なりを奪って……などと考えていた、その時だった。
「入る家を間違えたね、おにーさん」
冷ややかな声が、背後で聞こえた。
まだ下で片付けをしているはずの、青年の声だ。
驚いて振り向く。
逆光になっていて、青年の表情は窺えない。
声色だけは明るく、青年は言葉を紡ぎながら男に歩み寄った。
「この国の人たちにもこういうのはいるんだなー、逆に安心したよ」
みんな揃ってお人好しなのかと思っていたから。
そう言いながら、銀髪の青年……倫はゆっくりと、男に歩み寄ってくる。
その雰囲気に気圧されそうになりながら、男は椅子に座っている少女の腕を強く掴み、引っ張り上げた。
「う、動くな!!」
それ以上動けば妹の命はない。
そんなありがちなセリフを吐いた、その刹那。
「な……っ」
腕を、鋭い痛みが走った。
それは、自分が掴んでいる娘からの攻撃。
掴まれていない方の手の爪で引っ掻かれたらしい腕は、まるで猛獣の爪で抉られたかのような傷を刻まれていた。
「こ、れは……」
どういうことだ。
痛みと混乱の中で、男は少女に視線を向ける。
そこでようやく気がついた。
少女は異様な気配を放っていた。
普通の少女に引っ掻かれただけでこんな傷はできない。
普通の少女はこんな……感情の抜け落ちたような顔をしたりはしないだろう。
「麗花の手を穢させたくはないんだが……他者に不用意に触れさせるなって命令してるからな」
この反応は仕方ないか。
そう言いながら倫は男に歩み寄る。
ひ、と息を呑む男から視線を離した少女は口を開く。
「にいさま、どうする」
その問いかけに、倫は微笑んだまま首を振った。
「ああ、いいよ、そんな人間は我の兵士にする価値もない」
何のやりとりだ。
そう男が考えるよりも、早く。
ぐさり、と自分の体を貫く鋭い武器。
青年の手に嵌った金属のそれは狙いを過たず、急所を貫いていた。
「残念。我も戦闘は得意でね」
そう言った彼は容赦無く武器を引き抜く。
ばたり、と床に倒れた男を一瞥して、彼は吐き捨てるように言った。
「妹に手出しをしようとした貴様は赦さない」
盗みに入られたことはさして気にならなかった。
返り討ちにするだけの話だし、何より金銭にそこまでの執着はない。
しかし……妹に対してのあの行動は。
到底許すわけにはいかなかった。
絶対零度の表情。
それを消した彼は武器をしまい、手を拭って妹に歩み寄った。
「ありがとう、麗花。怪我はないかな」
そう言いながら、彼は妹の様子を注意深く見る。
男の腕を切り裂いた爪は後でケアをするとして……
視線が止まったのは、彼女の胸元にある宝玉だった。
僵尸としての、麗花の心臓。
その石をそっと撫でて、倫は眉を寄せる。
「あんまり長くはもたないのかなぁ……」
ぽつり、と呟く声に答える人間はいない。
当の麗花もただ次の命令を待つように、倫の方を向いている。
どうかした?そう問いかける彼女に首を振って見せて、倫は言った。
「ごめんね、麗花。なんとかしてあげたいけれど……」
なかなか、うまくいかないなあ。
そう言いながら、倫はそっと麗花の頭を撫でたのだった。
ーー 真人不露相, 露相非真人 ーー
(普段は表に出さないさ。
警戒されてしまっては、元も子もないだろう?)
(けれど、妹に手を出されることを看過はできない)