王兄妹とディアロ城騎士団の面々の話です。
メインは倫とフィア、一応アルとラヴェントもいます。
城の子たちとの接触(倫の行動理念の開示)が書きたかった。
あと、麗花のためなら本当になりふり構わない倫も描きたかったのでした。
ともあれ追記からお話です。
まじまじと、眼前にいる少女を見つめる。
白磁の肌に、白銀の髪、瞳は閉じられたままで見えないが、その状態でも文字通り、人形のように愛らしい少女であることは察することができる。
遠目に見れば、普通の少女と思そうな彼女の額には一枚の札が貼り付けられていて、彼女自身とその札とから感じ取れる気配は、明らかに人のそれとは異なっていた。
彼女を連れてきたのは、最近彼……フィアも気に入って通っている異国の茶を扱う店の主人である青年だった。
その隣には、フィアが所属する騎士団にもしばしば顔を出すこの国の警察官の一人、ラヴェントの姿があった。
もとよりやや下がり気味な眉が今日は一層下がっている。
困り果てた、と言う表情の理由こそ、眼前にいる青年と少女……もとい、王倫と王麗花なのだった。
「この方が貴殿の妹君……」
フィアはそう言葉を紡ぐ。
以前、倫から聞いた彼の妹の話。
一度見せてもらった写真に写っていた少女とほぼ同じ少女……麗花は体が弱くていつもは部屋に引きこもっているのだ、と倫からは聞いていたのだけれど……
その実、彼女は病などではなく、文字通り"日光にあたることができない体になっている"のだと、倫は語った。
曰く、麗花は既に亡くなっていて、今目の前にいる彼女は倫の魔術でその体に麗花の魄(魂、とはまた少し違うのだと倫が語っていたがフィアたちにはよく理解できなかった)を宿したものなのだとか。
僵尸……キョンシー、と呼ばれる存在となった彼女は日光にあたることができないため、夜にしか外に出さなかったのだ、と倫は言った。
フィアの言葉に倫は眉を下げた。
そして肩をすくめながらいう。
「そ。ごめんねー?騙すみたいな形でさ」
たくさん話ができて嬉しかったのは本当だよー、と笑う倫。
彼の言葉にフィアは複雑そうに眉を寄せる。
「騙された、とは思わないが……」
話してくれていれば力にもなれたのに、と言う言葉は飲み込む。
事情が事情だと言うことは、ここまでに話を聞いただけのフィアでも理解はできていたから。
事実、倫はへらりと笑いながら、言う。
「だって、真っ向から言えないでしょ?妹を殺した人間を探してますー、なんて」
そう。
ラヴェントから聞いた、彼がこの国に来た本当の理由……それは、妹を殺した人間を探すため。
彼の生まれ育った家と、その環境の酷さもさることながら、麗花が命を落とした経緯は耳を塞ぎたくなるようなものだった。
倫が家に帰った時、既に冷たくなっていたという麗花。
その死の真相を知るべく、倫はさまざまな情報を探ったのだと語った。
……そのために手段を選ばなかったし、これからも選ぶつもりはない、という話もした。
「特にキミたちはお人好しそうだしさー。我なりに考えた結果なんだよー」
変に警戒されたくなかったしね。
そう言った彼は軽く肩をすくめた。
口調こそであった時のそれと変わらないが、纏う雰囲気はかなり違う。
ピリピリとした雰囲気は、穏やかな店主……と言う雰囲気ではない。
戦う人間のそれだ。
「キョンシー、と言いましたか……死霊魔術(ネクロマンシー)の一種でしょうか」
麗花の様子を見つめていたアルが小さくつぶやいた。
死した存在を蘇らせる、と言うところに思うところがないわけではないようだが、倫の感情を理解できている彼は真っ向からそれを否定することはしなかった。
魔術に関してアルが言及するのを聞いてフィアは小さく頷いた。
「フォルの操り人形……に近いが、違うものだな」
していることはほぼ同じだが、雰囲気はだいぶ違う。
そもそもの行動理念がフォルとは大きく異なるからだろうけれど。
そうフィアが思っていれば。
「我に近い術を行使する者がいるんだ、興味深いねー」
倫はそう言って、笑った。
金色の瞳がちらりと覗く。
狙いを定める獣のようなそれを見つめ、フィアは言った。
「近づかない方がいい。性悪な堕天使だ」
確かに倫の魔獣に近い魔術を使うが、会って楽しい相手ではない、とフィアはいう。
嫌悪をあからさまに示す彼を見て、倫はからからと笑った。
「はは、堕天使でもなんでも構わないよー」
我の目的を果たせるなら。
そう言って口角を上げる彼の雰囲気は冷たく、硬い。
妹の仇を取るためならば手段は選ばない。
その言葉はきっと、本物なのだろう。
そう思いながらフィアは口をつぐむ。
……ラヴェントの表情がずっと浮かない理由を、理解した。
ラヴェントは優しい気質の警官だ。
倫の行動理念を理解しつつも、そんな非道な行動をとってほしくないのだろう。
かと言って、それ以外の手段を示せる訳でもない。
適当な言葉を投げれば彼の心を閉ざすだけだと理解している、賢い大人であるが故の反応なのだった。
改めて、麗花と呼ばれている少女を見つめる。
まるで人形のように美しく……やはり何処か無機質な存在。
ふと、手を伸ばせば……ピリッとした敵意を感じて、フィアは慌てて手を引っ込めた。
「麗花」
諌めるように、倫が呼ぶ。
麗花は目を開けて、フィアを見つめていた。
人ならざるそれに見据えられ、フィアは思わず体を固くする。
倫は小さく笑って、麗花の髪を漉きながら言った。
「敵じゃあないよ。この人たちは協力者だ」
「にいさまのなかま?」
子供のようにあどけない声だ。
しかしまだ警戒の抜けきらない声。
倫が一言命じたら、彼女はあっさりとフィアを殺すだろう。
そう感じ取れるだけの気迫が、彼女にはあった。
「仲間……うーん」
倫は困ったように唸る。
それを聞いたフィアはそっと息を吐き、口を開いた。
「仲間だろう」
ここまで事情を知って、何も知らなかったことにはできない。
そうフィアが言うと、倫は金の瞳を大きく見開いた。
それから、へらりと笑って、言う。
「はは、ほんとお人好しだなー?生憎と、我はカタギの人間じゃないよー?」
利用するだけして捨てるかもしれないのに。
そう言って、彼は冷たく笑う。
「しないと思いますよ、倫さんは」
そう言葉を紡いだのは、アルだった。
きょとんとする倫を見つめ、彼は微笑む。
「明確に敵対しない限りはしないと思います。倫さんは」
ね、と笑うアルにきっと確信などないのだろう。
なんとなく、そう思うだけ。
けれど彼はその直感を何より大切にしている。
それが、倫にもきっと、わかったのだろう。
「……うーん、そうも信じられると逆にやりづらいナァ……」
倫はそう言って困ったように笑ったのだった。
ーー 手の内を明かして… ーー
(一人でも協力者は多い方がいい。
たとえ毒となりうるものでも、あの子のためならば我は利用する)
(痛々しいほど真っ直ぐな動機。
それが眩しくて、心配で…)