数十名の隊士達が班に分かれそれぞれの道を歩いていく。
オポムリアの振り分けられた第一班も全員が揃っている事を確認すると初日の修行場、肆番隊の元へと歩いていく。
大半の隊士はその足取りの重さに気が滅入りそうであったが、オポムリアだけは我先にと先陣を切るように進んでいった。
『早く行かねーと昼になるぞ』
「いっそ昼から修行開始にしてくれ……!」
「もう何処の隊から始めたらマシかとか考えても無駄な気がしてきた……」
『ゴチャゴチャうるせぇな、ここにいる限り新兵の間にどうせ受けるんだろーが。だったら今のうちにちゃっちゃとやったらいいだろ』
「お前な……。ってか、お前の刀なんだそりゃ」
『あ?』
オポムリアの刀……ツインブレードを指差し隊士は不思議そうに首を傾げた。
自分達の刀は普通の一本刀、しかも造りも違うそれを指摘されるもオポムリアは平然と答えた。
『あぁ、俺の武器』
「二刀流!?かっけぇ!」
『元々のモンだわ』
「すげぇ!ちょっと貸してくれよ!」
『あっおい』
止めておけよ、と言う前にツインブレードは男の手に渡ってしまった。
しかしその直後、男は盛大に体制を崩してしまった。
「おっっっも!!何だこりゃ……!」
自分達の持っているものは桁違いの重量に思わず落としてしまいそうになってしまう。
その前にオポムリアはツインブレードを奪い返したのだった。
『だから止めとけって言おうとしたのによ……。俺の刀は特注品だ、俺のパワー、スピード、戦闘スタイルに合わせた丁度良い重さになってんだよ』
「一本何キロあるんだよそれ……!」
それを眼の前で軽々と持つオポムリアに他の隊士達は顔を青ざめさせて数歩下がっていった。
それを気にせずオポムリアは更に前へと進んで行くのだった。
そして見えてきた巨大な朱の門。
新兵達が到着すると同時にそこが開かれ、それと同時に中から雷のような怒号が飛んできた。
「遅い!!いったい何をちんたら歩いてやがった新兵共!!」
腕を組みそう叫んでいたのは、イダテンだった。
イダテンは続いても叫び新兵達に喝を入れ始めた。
「いいか!この門をくぐったら肆番隊の修練開始だ!ぼやぼやしてねぇでちゃっちゃと来い!」
イダテンの圧に押されながらも何とか門をくぐると今までに無いような張り詰めた緊張感が新兵達を襲った。
オポムリアは呑気に『やっぱり新兵の宿舎とはちげぇな』と景色を眺めていたが、全員イダテンに急かされ着いた先は広い庭だった。
「ナルカミ隊長!新兵共を連れてきましたよ!」
「おー、ご苦労だったな」
そこに居たのは肆番隊隊長、ナルカミだった。
ナルカミはぞろぞろと集まる新兵達を見て揃ったところで話を始めた。
「お前等肆番隊へようこそ。今日から強化修練が始まるわけだが……もう他隊士から聞いてる奴もいるだろうが、今日一日はここで修行をしてもらう。肆番隊はお前等の脚力や瞬発力、それに伴う全体的な速力を鍛える修行を行う」
淡々と説明をするナルカミにごくり、と新兵達の喉が鳴った。
一体どのような過酷な修行を行うのか、どんな地獄が待ち構えているのか……新兵達の心は不安に煽られるばかりだった。
「……なんて小難しい事言ったがまぁ要は……アレだ」
アレとは?と視線がナルカミに集まる。
重々しく閉じた口が、開かれると……。
「速さを鍛える修行、足を酷使するからな。お前等にはこれから……鬼ごっこをしてもらう」
鬼ごっこ。
鬼が逃げる相手を追いかけ、触れると鬼が交代しソレを繰り返えしながら走る遊びだ。
誰もが知っているその遊びの名前に新兵達はぽかんと口を開けたままになっていた。
「ナルカミ隊長……それなんかダサいんで別の言い方にしません?」
「分かりやすい方が良いだろ。実際そうだしよ」
呆れたように首を振るイダテンを他所に、ナルカミは説明を続けた。
「と言っても初め追いかけるのはお前等、逃げるのはうちの隊士達だ。隊士達の腕には色の付いた紐が巻いてある、お前等はタッチの代わりにそれを奪え。んで、その紐を今度は奪い返されないように逃げろ。な?簡単だろ?それを繰り返して最終的に日没までに紐を持っていたら無事に可の印鑑を押してやる。なんか質問あるか?」
「あ、あの……本当に鬼ごっこだけ、ですか……?」
「あぁ、追いかけて逃げる。ややこしいルールより単純な方が良いだろ」
「丸一日それを?」
「あぁ。心配しなくてもちゃんと昼休憩は時間取るから大丈夫だ」
「範囲は……」
「肆番隊の敷地内なら何処でも。あぁあと新兵のみ刀の使用は許可するが無闇に物を壊すなよ?……質問は終わりか?じゃあ早速……」
『合格の印鑑貰うにはどうしたらいい』
ナルカミが話を切り替えようとしたその時、今まで何かを考えていた様子のオポムリアが口を開いた。
『お前の話だとここの隊士と追いかけっこして勝っても貰えるのは"可"の印鑑だろ?確か俺達が目指すのは合格"だ。可、良、優、秀、合格、更には不可や不合格ってわざわざランク付けしてるのに今日の修行じゃ可しか貰えねぇって口振りが引っかかる。どういうことだ』
オポムリアの疑問に対し、ナルカミは「あぁ」と話を付け加えた。
「お前等にとって初っ端の修行だからこの話は後で良いと思ってたが……察しが良い奴が今期は紛れてたの思い出したな。合格印の貰い方か?簡単だ、俺に勝てば良い」
その言葉に新兵達は目を見開いた。
合格という最大の目標を達成するにはまさかの隊長クラスと戦わなければならないという衝撃の事実。
ただでさえ部隊に着いた隊士と新兵では力の差は歴然だというのに、更にその上をいく強さを持つ隊長クラスと対峙しても勝てないのは明白……。
しかし、その衝撃に更に衝撃を加えるのは、オポムリアだった。
『そうかよ、じゃあ俺と勝負しろ』
そう自分を指差すオポムリアにサァっと新兵達の血の気が引いた。
こいつは何を言っているんだ、とオポムリアの無鉄砲加減にヒヤヒヤとするも誰もオポムリアを止める奴は居なかった。
「悪ぃな、俺に挑むにはまず可の印を貰ってからな。まぁその後に更に上の隊士達と戦って良〜優の印、副隊長のイダテンと戦って秀の印を貰ってからじゃねぇと隊長クラスへの挑戦権は認められねぇんだけどよ。せっかくのお誘いだがまた今度なー」
『チッ!』
「おッッッ前なぁ!!その曲がりきった根性と目上に対する無礼な態度……!!俺がしっかりみっちり鍛えてやるから覚悟しろよな!!」
『るせぇわテメェも追い抜いてやっから首洗って待っとけや雑音男!!』
「はぁ!?ンだよそのしょーもねぇあだ名!俺の何処が雑音だコラァ!」
『そのギャンギャンうるせぇ声だわ!』
「テメェもうるせぇんだわ!」
『あ゛ぁん!?』
「おー、仲良しじゃねぇか」
『「何処がだよ!/ですか!」』
頼むから始まる前から揉め事起こすな。
そうげんなりしながら新兵達は空を見上げたのだった。
「じゃ、始めるぞ。新兵達は先輩方の紐をしっかり取ること、そして……足の配線はち切れるまで動かすことだ。
いざ尋常に、勝負」
こうして肆番隊での修行が開始されたのだった。
───…。
「じゃー昼休憩な。ちゃんと休めよー」
「「「………………」」」
日も真上に上がる正午。
肆番隊の庭には死屍累々とばかりに倒れている新兵達が雑に転がっていた。
そしてその新兵達の手には誰も紐が握られていなかった。
「な、なんだよあの速さ……合図と同時に消えた……!?」
「まず追いつくこと事態ができないってどういう事……!?」
「これじゃ午後もこんな感じだ……初日は確実に無理だと思ってたけどこんなんじゃ今後も可すら取れ無さそうだ……」
次々と泣き言を言う新兵達の前にハナムスビ達が昼食を置いていく。
それを一番に手に取ったのはオポムリアだった。
『チッ、午後には必ず紐ぶち取ってやる』
「流石のオポムリアも紐取れなかったか…………って!?お前!!」
『あ?』
新兵達がオポムリアを見てギョッとしたように目を見開いた。
オポムリアは何事だとばかりに普通に昼食を食べ始めるが、それを制止して新兵達はオポムリアの頭を指差した。
「怪我!怪我してんぞお前!」
『あ?あー……そういや追いかけてたら急カーブ曲がれなくて正面にあった岩にぶつかったな』
「いやだからだよ!!血!血ダラダラ流れてんぞ!!」
新兵が言うように、オポムリアの額からは赤い血液オイルがどくどくと流れオポムリアの顔や修行用の装束を汚していたのだった。
通りで装束が汚れてると思った。
とサラリと言うオポムリアに新兵達は引いており、そのうちの一人が叫ぶようにハナムスビに看護兵を呼ぶように頼んだ。
すると直ぐ様看護兵のカザハナが救急箱片手に現れた。
「オポムリアさんっ!大丈夫ですか!?」
『大袈裟だなー、ちょっと切れただけだろ。腹減ってんだからまず飯食わせろ』
「ちょっと切れただけならこんなに血は出ません!ご飯はちょっと我慢してください!」
『チッ』
大人しくカザハナの手当を受けるオポムリア。
その様子を羨ましく思う男新兵達はぐぎぎぎと唸るのだった。
「あ、あのカザハナちゃん……俺も怪我して……」
「俺も……」
「えぇ、分かりました。あら、小さい擦り傷ですか?ならばハナムスビに任せましょう、お願いしますね」
そういうと"看護兵"という腕章を付けたハナムスビが現れ傷の消毒と絆創膏をペタンと張り去っていった。
このような簡単な処置ならばハナムスビに可能のようで、他にも軽い怪我の新兵達の処置を施していく。
男達からしたら美少女であるカザハナの手当てが受けたいが為にそう声をかけたのだが……非常に残念な結果である。
「はい、オポムリアさん終わりましたよ。もう、無理はしないでくださいね?」
『サンキューなカザハナ』
「また何がありましたら私が処置しますから。修行頑張ってくださいね」
もちろん他の皆様も、と付け足してはいるもののカザハナの視線はほぼオポムリアに向いていた。
カザハナが去ったあと、オポムリアは殺気を感じたのだった。
「「オポムリア……お前俺等の憧れのカザハナちゃんに……!」」
『??なんなんだよお前等、早く食わねーと休憩終わるぞ?』
───…。
午後の修行も午前と変わらず紐を追いかけるのだったが、新兵達は先程よりも追いかける事が出来なくなっていた。
体力的な面は勿論、圧倒的な力の差に精神的な面でも疲労が募っているのだろう。
しかし、そんな中負けじと紐に食らいつくかのように追いかける少女が一人。
『テメェ待ちやがれ!!』
「ヒッ!」
『逃げてんじゃねぇよ!!』
「いや!私は逃げるのがルールなんですけど!?」
オポムリアが手を伸ばすとスッと紐は遠ざかる。
あと一歩の所で紐を捕まえられずにいるオポムリアに募るのは諦めや嫌気ではなかった。
『(ただがむしゃらに追いかけても駄目だ、確かに足を鍛えるのには良いが只それだけじゃ捕まえられねぇ……奴より早く走れれば良いって問題じゃねぇ場合……考えろ……)』
「(ただの新兵じゃないから油断すんなって言われたけどなんだコイツ……!さっきから走るスピードが衰えて無い……!バケモノかよ……!いや、寧ろどんどんスピードが上がって……!?あのスピードでさっきは岩に突っ込んで怪我してた割にはケロッとしてるし……!もし、もしこいつが刀を使い始めたら本当に危ないかもしれない……!!と、いうか何故刀を使わない……?立派な刀が二刀も下げているのに使わない理由は何だ……?)」
「……隊長、あの女マジで何なんスか?」
「何なんだとは?」
「いや……他の部隊からウチに特別に修行参加だなんて異例も異例ですし、それに許可が降りたのも驚きで……。それにあいつは戦闘経験者じゃないスか、なんでわざわざ戦い方も知らないような新兵と混ぜるのかもよく分からねぇんスけど」
「……まぁーそうだよな。俺も最初は疑問に思ったわ。まぁウチの卒業生の頼みだから断れなかったんじゃないのか?」
「そういうモンなんスかねぇ……」
「(…………確かに俺もそうは思った。けどこれはカクエンとカンナギが決めた事だ……疑問はまだ残るがな……)」
ナルカミはふと当時の事を思い出した。
それは突然の事だった。
隊長クラスが集められたかと思えばあいも変わらず酒で顔を赤くしたカクエンがカンナギにしばき倒されながら
「そういえば来月から新兵ちゃんに混ざって修行する子が来るからみんなよろしくねぇ」
と笑顔でいったのだ。
サラリと言われた一言に驚きを隠せない隊長達であったが、咳払いをしたカンナギが口を開いた。
「サイバトロンコード008部隊はご存知でしょう。そちらにはうちからの卒業生も居ますし……その卒業生からの頼みです、どうも戦闘に関しては抜群のセンスはあるものの戦闘の基礎、集団行動、礼儀作法等に難ありとの事です。まっさらな新兵から育て上げる私達の部隊としては異例ですが……今期の新兵は数が少ないのもありますし、新兵への良い刺激にもなるでしょう」
「成る程な……んで、そのヤンチャ坊主をしごき倒してマトモにして返せって事か」
「そゆこと。だからよろしくねぇ〜、新兵ちゃんとの修行もある程度進んだら五大強化修練の時期にも当たるし、丁度いいんだよねぇ」
にっこりと笑うカクエン。
その後も隊長達と会議を続け、それが終わると次々に自分の部隊へと帰っていった。
が、ナルカミは一人残りカクエンとカンナギに声を掛けた。
「そんで、実際のとこはどーなんだよ」
「ん〜?何が?」
「暁部隊が出来てから一度も他部隊からの途中入隊なんか無かっただろ。それは長年共にすることで団結力を深めるだのスパイが乱入しないようにだの色々と理由はあるが……とにかく長年紡いできた隊律の一部みたいなモンだろ?それを今回あっさり認めるのが納得いかねぇ。たとえウチからの卒業生の頼みでもだ」
目を細めてカクエンを見るナルカミ。
疑いの眼差しを向けられているがカクエンはにこにことしたまま酒を一口飲んだ。
「あっはははは!ナルカミくん怖い顔しないでよ可愛いお顔が台無しだよ〜」
「ふざけてんならはっ倒すぞ」
「……はぁ、カクエン様、ナルカミの性格は充分にご存知でしょう。事実を下手に隠す事を嫌うナルカミにのらりくらりと言い訳を並べて撒くのは無理かあります」
「だよねぇ」
やはり裏がある。
二人のやり取りでそう確信したナルカミは溜息をついた。
「……まぁあんた等が決めた事だ。無理に聞きはしねぇよ。……ただ……隊士を、俺達の仲間を傷つけるような事実は隠すなよ。…………隠す事は、シラヌイだけでいい」
「そう、察してくれるのはありがたいよ。すまないねぇナルカミくん」
「総隊長様の仰せのままにってやつだよ」
じゃあ俺も寝るわ、とだけ言い会議室から出ていくナルカミ。
本当はオポムリアを受け入れた本当の理由を洗いざらい吐いて貰いたかったが……カクエンはまだしも、カンナギが許可をしたということはそこに真っ当な理由がある。
そう結論付けたのだった。
「(はぁ……俺も甘かったな。面倒事には突っ込まないっつーポリシー云々すっ飛ばして聞きゃ良かったか……?いやでも……アイツの存在は今期新兵の士気を上げる良いモンにはなってるっぽいが……まぁ、成果が上がれば良いか。今ン所変な素振りは見せてねぇし)」
「ナルカミ隊長?」
「ん?あぁ悪ぃ。まぁ、今回の修練メニューはちょっと難易度を上げたからな、そこに付いてこれねぇならあの小娘もそれまでっつー事で……」
『おらぁぁぁぁっ!!』
「!」
オポムリアの怒号に近い叫びに振り向くと、なんとオポムリアは紐を握っていた。
しかし勢い余って地面にすり潰される様に転んでいったのだった。
「はぁ!?アイツ紐を……!一体どうやって!」
「……ほー……やるじゃねぇか……だが……」
『どうだこのゴキブリ野郎!取ってやったぜ!』
「ゴキブリ野郎!?失礼にも程がありません!?(この娘……!ただスピードを上げて追いついただけじゃない……私の曲がるタイミングを予想してその前に曲がって紐を奪い取った……!)」
オポムリアが掲げる紐が風に揺られているのを見て、他の新兵達は口を開けたまま唖然としていた。
その様子に満足そうに鼻を鳴らすオポムリアだったが、起き上がると同時にせっかく取った紐はかすめ取られてしまった。
『あ゛!?何してんだテメェ!』
「阿呆か。おい、最後まで油断してんじゃねぇぞ。ルール理解してたか?これは紐を取ったらゴールじゃねぇ、言ったろ?取ったら取られねぇように逃げろって。やり遂げた後の油断が一番命取りになんだぞ、理解したらさっさとまた走れ」
「今度は取られねー様に取ったら走り出せよ鼠女!」
『っ……!上等だ殺す!!!!』
煽るような二人の言葉にブチブチと頭の配線を切らせながら相手の隊士を睨むオポムリア。
そして深呼吸をすると、再度走り出したのだった。
───…。
「はい、初日ゴクローさん。今日の修練は此処までだ。イダテン、新兵達案内してくれ。新兵達は風呂入って飯食ったら寝ろよ。あぁ、怪我してんなら治療が先だからな」
「「「………………」」」
ナルカミの労りの言葉も聞こえない程、新兵達は死人のような顔をしていた。
結局紐を取れたのはオポムリア一人だったが……そのオポムリアも結果最後までは紐を奪い取れなかったのだった。
可の印を一人も取れないまま、初日が終わった。
「まぁ心配すんなよ新兵共!余っ程有能な奴じゃない限り初日から印貰える奴なんていねぇからさ!ほらぼさっとしてねぇでちゃきちゃき歩け!このイダテン様が案内してやっから!」
『だぁぁぁぁ!!クソ!クソ!取れなかった!』
「気にすんなよ!テメェの足が遅いだけだ!」
『あ゛ぁん!?殺すぞ!』
「あ?やっても良いがテメェの鈍間足が俺の足に勝てるとは思えねぇな!一般隊士に追いつけねぇんじゃ相手にもならねぇ!」
『走り出す前に斬り殺す!御自慢の足も走れねぇように配線ぶっ千切る!!!!』
ヒートアップしツインブレードに手をかけるオポムリアを新兵達が押さえつけ必死で宥める。
その様子を馬鹿にしたように笑うイダテンはこっちだぞ、と新兵達の休息場を案内するのだった。
お湯で汚れを落とし、エネルギー補給をすると皆倒れ込むようにスリープモードへと移行していった。
オポムリアもスリープモードに入ろうとしたが……今回の修練結果にモヤモヤとした気持ちが収まらずなかなか眠れずにいた。
寝返りを数回打つと、何かを思った様に起き上がり、女子の寝室を出ていった。
『(クソ……惜しかったな……次の肆番隊の修練はいつだ?次が来るまでこのモヤモヤした気持ちを引き摺るのはだりぃな……せめてあの後走り出してりゃ、可の印貰えてたかもしれねぇな)』
悔しさと怒りと同時に、オポムリアはふと感じていた事があった。
『俺……まだまだだな』
オポムリアが命を宿し起動したその日から無理矢理叩き込まれた戦闘知識。
一通り教えられ、実戦もクリアし、攻撃を受けた際の痛みや血の臭いも嫌という程経験したというのに……今日、たかが鬼ごっこにボロ負けしたのだ。
オポムリアの戦闘技術は決して低いものでは無いが、個々の能力を考えるともしや……と、今日の出来事を経て自分がまだ未熟である事を思い知らされたのだった。
『……あのクソワニ野郎が俺をここに送り込んだのは、お前はまだ未熟だ鍛錬してこいって意味もあるんだろーな……。はっ、俺には言うより実際にやられた方が良いっつー嫌味かよ』
「まぁ、ある意味お前の事良く分かってるって事だろ」
『!』
いつの間にか横にはナルカミが居たのだった。
気配も何も無いナルカミにオポムリアひ驚き目を見開き数歩後退りをした。
煙草を吸いながらナルカミは呆れたようにオポムリアを見て、溜息と同時に煙を吐いた。
「お前明日もあるだろ、寝ろよ」
『どっかの誰かさんのトコの部下にやられたせいで寝れねぇんだよ』
「おっとそりゃ悪かった」
『……ガキみてぇなナリの奴には似合わねぇ代物咥えてんな?』
「嫌味返してんのか?可愛いモンだなオイ。悪ぃがこう見えてお前さんよりうんと年上なモンで、煙草の一本や二本吸わなきゃやってられねぇんだよ」
フーッと煙をオポムリアの顔めがけて拭き上げると、その臭いと煙に蒸せこむオポムリア。
睨むオポムリアに、ナルカミは軽く笑った。
「修練初日、どうだった?」
『……クソむかつくしクソうぜぇしクソむかつく』
「クソむかつく二回も言ったぞ。楽しそうで何より、修練内容考えた甲斐があんなぁ」
『これの何処が楽しそうなんだよ目ん玉腐ってンのか!?』
「あーはいはい、次は紐取った後は走れよ」
『チッ!分かってんだよ!』
嫌味に嫌味を重ねているのか?とオポムリアは苛々しながらそっぽを向く。
ナルカミはそんな様子のオポムリアの頭に優しく手を乗せた。
『!』
「まぁそうカッカすんなよ。初日であれだけ出来りゃ大したもんだよ。次も頑張ろうな」
『ガキ扱いすんじゃねぇ!』
「俺からしたお前ガキだぞ」
『つーかさっきから妙に年上ぶってるけどよ……!テメェ実年齢いくつだ!?』
「だからお前より年上だっつの。あー……ここで言ったら俺より上はカンナギとあと一人だけだ」
『……ん??ん!?え、は?マジでテメェいくつ……』
「借りにも年上なんだからテメェは止めろよな。よし、礼儀作法の勉強がっつりめにやれってカンナギに報告しとくか」
『マジで止めろ』
「冗談だよ。生意気な態度のガキンチョはイダテンで慣れてたからな、アイツも最初は尖っててよぉ、お前と似てたな」
『は?あいつと同類扱い止めてくれよ。あそこまで俺は喧しくねぇよ』
「誰が喧しいって!?」
『うぉっ』
突如として雷のような怒号が響き、そこにはイダテンがいた。
どうやら巡回の途中だそうで提灯を持ったままズカズカとオポムリアの方へやって来た。
「俺だってお前みたいなガサツで礼儀知らずの阿呆と一緒にされたくねぇよ!ナルカミ隊長!確かに俺ここに来た頃は何も知らない馬鹿野郎でしたけど……ここまでじゃ無かったッスよね!?ねぇ!」
『だーれがガサツで礼儀知らずの阿呆だぁ!?上等だその喧嘩買ってやる!表出ろ!』
「それはこっちの台詞だ間抜け鼠!」
『テメェ殺す』
「おいいい加減にしろ、何時だと思ってんだ他の隊士が起きるだろ」
「!すいませんナルカミ隊長!」
『(うわぁ、なんかクソワニがクソモヤシに媚び売るとき見てるみてぇで気持ち悪……)』
「何見てんだコラァ!」
『勝手に気色悪いモン見せてんだろーが!』
「あ!?何が気色悪いんだよ!?」
『全部だボケが!』
「あ゛ぁ!?」
『やんのかアァ!?』
お互いが胸倉を掴み喧嘩が始まる……かと思いきや、イダテンの動きがピシリと止まった。
『あ?おい、どうした?』
「ア゛、ア゛ア、女……女だっ……そういやコイツ女だった……!」
『?おい?おい!何固まってやがんだ!!』
「み゜ッ」
何とも短く間抜けな悲鳴を上げ、イダテンはそのまま後ろへ倒れてしまった。
何がなんだか分からずオポムリアはイダテンの頬を軽く叩くが、完全に気を失っているようだ。
『何だコイツ……気絶しやがった……』
「……コイツの女嫌いどうにかしなきゃいけねぇが…………どうしたもんかな。たかが胸に手が当たっただけで気絶モンとは……副隊長として情ねぇな」
『?良くわかんねぇけど萎えた。寝る』
「おーそうしろそうしろ」
仕方ねぇな、と気絶したイダテンをナルカミは担ぎその場を去っていった。
未だに何故気絶されたのか分からないオポムリアは首を傾げながらも部屋に戻るのであった。