「やあ、久しぶりだねアレン」
「…有紀…?」
それは、クロス元帥の足跡を追って中国大陸で捜索していた時、突然に訪れた邂逅。
**束の間の邂逅**
綺麗な満月が夜空に輝く夜。
今回は全員個室を取る事が出来たが、アレンは何故か寝付けず、宿泊している宿の部屋を静かに出て廊下に出た。
そのまま玄関に向かって歩き、少し気晴らしに散歩でもして来ようかと思った時、ふと通りかかった有紀の部屋のドアが僅かに開けっ放しになっている事に気付いた。
「(有紀も起きてるのかな…?女の子なのに不用心だなぁ…)」
アレンは有紀の部屋のドアに手をかけ、そっと静かに開いた。
「有紀、起きてるんですか…?ドア開けっ放しですよ?」
小声でそう問い掛ける。が、返事はない。
不思議に思い、部屋の中にいるであろう有紀の姿を探し、すぐに見付けた。
有紀は窓際に座り、月を見上げていた。
「有紀、居るんだったら返事くらいしてくださいよ、何かあったのかって心配するじゃないですか」
安堵の溜め息を吐きつつ、アレンは一歩部屋の中へと足を踏み入れ、そっとドアを閉めた。
月明かりだけが頼りの薄暗い部屋の中、有紀へとまた一歩足を踏み入れる。
未だ有紀からの返事も、こちらへ顔を向ける事すらない。
何かおかしい。
いつもならすぐに振り向いて名前を呼んでくれるのに。
そう、アレンの中で不信感が募った。
何かあったのだろうか、ともう一度名前を呼ぼうとした時、
ゆっくりと、有紀がアレンへと顔を向けた。
「――っ」
アレンは思わず息を飲んだ。
こちらを振り向いた有紀のその表情と瞳に、自分の体が一瞬硬直したのがわかった。
今の有紀の表情と瞳は、まるで……『巻き戻しの街』で見た、阿修羅姫を暴走させた時の有紀そのものだった。
冷たく、凍てつくような瞳と感情の無いような表情。
アレンの背中に嫌な汗が伝い、心臓の音がやけに大きく全身に響くような感覚が襲う。
「(まさか…また阿修羅姫が暴走を…!?)」
じわりじわりと冷や汗が伝う。
もし暴走しているのなら、自分一人では阿修羅姫を止める事は恐らく難しい。
闘神のイノセンスと呼ばれる阿修羅姫。
それを止められるのは守護者たる狼牙のみ。
だが狼牙はクロウリー城で……
冷や汗を流し僅かに身構えるアレンに対し、有紀…いや、阿修羅姫は微笑んだ。
「やあ、久しぶりだねアレン」
「…有紀…?」
「残念だけどハズレ。ああ、もしかしてお姫様に用があったのかな?悪いね、彼女は今夢の中だ。気丈に振る舞ってはいるけど、なんだかんだ言ってかなり疲れてるからね心身共に。大切な者を大切な友の手で失ったからね」
そう、まるで何でもない事のように淡々と話す阿修羅姫。
微笑みアレンの名を呼ぶその様子に、有紀なのかと期待したがその期待は見事に崩れ去った。
アレンは一度深く息を吸い、阿修羅姫を見据えた。
「…何故君がここに?有紀が抑え込んでいた筈じゃ…」
「答えは簡単。狼牙を失ったあの日から、有紀は夜眠る時に狼牙を思い出して隠れて泣いてる事があってね。その時の有紀は不安定だから僕は出てきやすいんだ。ましてや…狼牙と出会った日のように月が綺麗な夜には特に、ね」
阿修羅姫はゆっくりとした動きで窓枠から足を下ろし、アレンに向き直る。
「まぁそれでも、僕がこうして表に出ているのは珍しいけどね。普段は大人しく彼女の中に居るけど、月が綺麗だから眺めていたくなったんだ、彼女をあやしながらね。…今やっとあやし終わったんだ。彼女は今やっと泣き止んで眠っている。もし話があるなら明日にして、彼女の睡眠の邪魔をしないであげてくれないかな」
「僕は別に…」
「じゃあ彼女を襲いにでも来たのかい?君もやはり男なんだね」
「なっ!?ち、違っ、ドアが開いてたから不用心で危ないからっ」
阿修羅姫の言葉に一気に顔を真っ赤にするアレン。
そんなアレンを阿修羅姫はクスクスと小さく笑った。その姿は有紀そのものだった。
初めて見たあの姿からは想像もつかない人間らしい仕草と表情に、アレンは少し驚きを感じた。
もっと冷血な、そう…まるで闘いしか考えず闘いしか求めない荒ぶる闘神といった印象を持っていたから。まさかこんな人間らしい一面があったとは。
「冗談だよ、君は面白いなぁ……あ、そうだ君に言っておきたい事があるんだ」
「え?何……っ!?」
ダンッ
何ですか、と聞き返そうとした瞬間、一瞬で間合いを詰められ、アレンはそのまま床に叩きつけられるように押し倒された。
アレンの背中が鈍く痛み、僅かに顔を歪めるが阿修羅姫はそれに構わずアレンの上に覆い被さる。
その状況は、端から見たら有紀がアレンを襲っているように見える。
何か柔らかいモノが自分の胸に当たっている感触とその体勢、有紀の顔で至近距離で妖艶に微笑む阿修羅姫に、アレンはまた自分の顔が赤くなるのを感じた。
「な、ななっ…!?」
「ん?女の子に迫られるのは初めてかい?それとも有紀の体だからかな?彼女は一人で寝る時は男装しないしね、恥ずかしいかい?」
「当たり前ですっ!!早く退いてください、あと有紀の体で変な事しないでください!!」
「変な事ってなんだい?僕は僕を警戒している君を逃がさないよう念の為に捕まえているだけだ。それとも…何かを期待してるのかな?」
「ちっ、違います!!」
真っ赤になって否定するアレンが相当面白かったのか、阿修羅姫はまた笑った。
「ははっ、ごめん君があんまりに僕を警戒してるからからかいたくなったんだ。初めて見た僕がああだったから無理もないけどね。…逃がさない為っていうのは本当だけどね、話したい事があるんだ。逃げようとしたら…消すよ?」
阿修羅姫はすっと目を細め、またあの凍てつくような瞳へと変わる。
その瞳にアレンはつい息を飲み身を固くした。
「君に…いや、君達に忠告だ。恐らく、近々もう一人のお姫様が生まれるよ」
「もう…一人…?」
「それは僕の枷が外れ、守護者が消えるという条件を満たした事でもう息衝き始めている。彼女の中で。それは僕よりも厄介なじゃじゃ馬姫でね、僕のように有紀の抑えなんて利かないし平気で君達を消すだろう。それが生まれ表に出てくるにはもう1つ、重要な条件がある」
「重要な条件…?」
「彼女…有紀が壊れ消える事さ」
「なっ…!?」
アレンは目を見開く。
阿修羅姫はそっとアレンの頬を撫で、言葉を続ける。
「勘違いしないで欲しいのは、それをするのは僕じゃないって事だ。僕にそんな事をする理由なんか無い。せっかく目覚めたのに適合者を消すなんて事は、ね。だが伯爵側はもうこの事に気付いている。有紀は伯爵側に力を貸す事なんか絶対にしない、ならば…」
「…生まれたばかりのその人格に、その代わりを…?」
「そう。僕の使い方を知ってるなら別に彼女自身じゃなくてもいいからね、ならば破壊を楽しむ人格を手懐けて邪魔になる彼女を消した方が…」
「っ!!」
その言葉で頭に血が上ったアレンは、阿修羅姫の腕を掴み、床に倒し両腕を床に押さえ付けてその上に覆い被さった。
体勢が逆転しても阿修羅姫は特に表情1つ変えず、アレンを見上げる。
アレンの表情は、怒りで険しくなっていた。
「そんな事、絶対にさせない!!」
「…僕に怒ったって何も変わりはしないよ、僕はそんな事しないと言ったよね?それをするのは、引き金を引くのは…アレン。君か伯爵側だ」
「何…?」
「伯爵側も知っているって事さ、有紀にとって君は特別だと。だから君を利用するかもしれないからと、こうして忠告してるんだ。僕だってせっかく目覚めたのに適合者以外の誰かに利用されるなんて、まっぴら御免被るよ」
「特別…?有紀にとって、僕が…?それってどういう…」
「僕が話すべき事じゃないさ。彼女自身もまだ気付いていないからね。知りたいならお互い素直に気持ちを再確認でもしたらどうだい?」
「え…え?」
「…はぁ…何て面倒な…ここまで言ってもまだわからないなんて…君は本当に馬鹿で鈍感だな」
「はぁ!?誰が馬鹿っ…」
「ああもう煩いなぁ…僕ももう寝るよ、話は終わりだ。おやすみ」
「え、ちょっと待っ…」
阿修羅姫は心底呆れたような表情で溜め息をつき、ことごとくアレンの怒りと制止を無視し目を閉じた。
途端に部屋に静寂が満ち、アレンは恐る恐るその顔を覗き込む。
「あ…阿修羅姫…?本当に寝ちゃった…?」
「……ん…?」
アレンの声に反応したのか、また目が開かれ金色の瞳がアレンを映す。
「あ!やっぱり起きてるじゃないですか!」
「……え?」
「続き、ちゃんと教えてくれるまで寝かせないし離しませんからね」
「なっ、なっ…」
顔をさらに近付けて凄めば、見る見る内に耳まで真っ赤にする目の前の少女。
金色の目は驚いたように見開き、肩をわなわなと震わせている。
先程までの阿修羅姫らしからぬその反応にアレンは首を傾げ、すぐにある答えに行き着いた。
今、目の前にいるのは
今、自分が組み敷き覆い被さり、両腕を床に押さえ付けているのは、まさか。
行き着いた答えに、やばいと思う反面顔が赤くなるのを感じた。
怒りで頭に血が上っていたとはいえ、この状況はまるで…
「ま、まさか君は、有紀っ」
「何しやがんだアレンの馬鹿!!!このドスケベーーーーー!!!!!」
夜の宿に有紀の怒鳴り声と凄まじい轟音とも思える殴打の音が一発木霊した。
次の日、拳の痕がついた頬を腫らし有紀に謝り続けるアレンと赤い顔でアレンにツンと釣れない態度の有紀が目撃されたそうな。
******
急に書きたくなったSS(笑)
この後ラビにからかわれるアレンと何があったのかと有紀を心配するリナリーがいましたとさ(笑)
実は阿修羅姫から忠告を受けていたアレン。
もう一人のお姫様は、言わずもがなあの子ですはい
ダークはダークで寝たふり決め込んでました←
ちょっと修正中の連載ネタバレ?
いやでもこの辺りに触れる部分は誤字脱字修正だけだから大丈夫かな
闘い以外で表に出てる阿修羅姫に遭遇するのは実にレアな体験だったりします滅多にないので
アレン、貴重な体験したね☆←