本部・休憩所――

御堂は休憩所でコーヒーブレイク中。そこに彩音といちかがやってきた。


「会場になる店の下見は終わったのか?」

御堂はだるそうに聞く。いちかは元気いっぱいに答えた。
「たいちょー、パーチー会場はあっさり決まりましたよん♪条件に合う店が見つかったんす」
「リーズナブルでカジュアルなとこだぞ、わかってんのか?当日飛び入り参加もあり得るから店は広い方がいいぞ」

すかさず彩音がフォローした。
「御堂さん、そこは大丈夫。下見しにいちかと一緒に街をうろうろしていたらたまたま藤代さんと出くわして、いいとこ教えて貰ったんだ。条件に合うお店、もう予約しといたよ」


「藤代ォ!?あいつゼノクから帰ってきたのかよ!?」

御堂、珍しく慌てる。「藤代」とは御堂とは顔見知りの喫茶店のマスター。
以前、怪人の襲撃に遭い店の一部を破壊されたことがある。ちなみに本名は藤代凌(しのぐ)。

鼎と似たような白いベネチアンマスクに眼鏡という異様で独特の出で立ちをしているが、これは数年前に怪人に襲撃された傷痕を隠すために仮面をしているからなんか複雑。
ちなみに藤代の淹れたコーヒーは定評がある。しばらく彼はゼノクで治療を受けていたため、喫茶店は休業していた模様。


「藤代のやつ、あの仮面に眼鏡姿だったのか!?」
「うん。だいぶ顔の傷痕は目立たなくなってるみたいだけどまだ抵抗があるんだって。
鼎にあの時会ったことで気にしなくなったみたいだよ。個性として受け入れてる。あ、藤代さん近々お店再開するって聞いたよ。だから『お店再開したら和希に来て欲しい』って」
「行くに決まってんだろうが…」


御堂、そう言ったものの複雑。藤代がゼノクから戻ってきたのは嬉しいが、まだあの仮面は外せないのか…。
鼎もそうだもんな。簡単には外せない。怪人襲撃で負った傷は心の傷も深い。


鼎も人前で何度か素顔になろうと試みたことはあるが、ことごとく失敗している。
御堂や彩音達、仲間は「無理して仮面を外す必要なんてない」と彼女をなだめ、落ち着かせた。

紀柳院鼎はようやくこの姿を「個性」として受け入れられるようになった。あの事件から10年以上経つが、彼女からしたらこの姿を受け入れられるかも「戦い」だったわけで。
真の平和が戻ったことにより、鼎はようやく自分と向き合う時間が出来たんだ。



休憩所に鼎が来た。

「和希、明日休みなんだろ」

「どうしたんだ」
「明日、お前の家に行っていいか?和希は私の部屋にたまに来ていたが、逆はまだないだろ」


おいおい急にもほどがあるだろ!?鼎が家に来る!?
おうちデートって感じではなさそうだが、たぶん鼎は俺の家に行きたいだけかもしれない…。


「何か都合悪いのか?」
「い、いや何もありません…」


ヤバい!部屋片付けねーとやべーぞおい!!
御堂、別な意味で焦る。焦ったせいでなぜか敬語になった。


いちかは察した。あんなに焦っている隊長、初めて見た。しかもプライベートのことで。きりゅさんは至っていつも通りだけど。

鼎がああ言ったってことは明日は鼎も休みなのか?…まぁそうなるよな。
今は平和になったせいか、組織のシフトもかなりゆるい。



ゼノクではいちかの兄・眞(まこと)に変化が。眞は西澤からある部屋に呼ばれていた。


「回復も順調だし、ゼノクそろそろ出たいだろ?」
「まぁ…出たいですね。妹と最近会ってないし…」

「あと1週間、経過観察して異変がなかったら治療終了だよ。君はゼノクを出れる。ここを出るのは自由だよ。
…あ、でもここに数年いた人間は出戻りすることも多いからなぁ。ゼノクは隔離されてるような施設なせいか、居場所がない元患者が出戻りするわけ。
場合によっては能力を買われてゼノク職員や隊員になる人もいる」


嬉しいけどなんだか複雑だ…。数年前に怪人襲撃に遭って以降、ゼノクでずっと後遺症治療をしてきた。ここで友達も出来たせいか、なんだか複雑。


眞は東館に戻ってきた。そこには眞の友人の七美の姿が。

七美は重度の後遺症なせいか、全身タイツのようなゼノクスーツ姿で顔が一切見えない。彼女はピンク色のゼノクスーツをよく着ている。スーツの上から服を着ている状態。
彼女は女性らしくありたいせいか、ウィッグを着けていて見た目は動くマネキンのよう。


「まこっちゃん、ゼノク出れそうなの?」
「うん、まぁね。経過観察次第だって。俺はまだ決めてないけどさ…」

「まこっちゃんが出たら親しいの、私ひとりになっちゃうじゃん…。凌はお店再開したいからあっさり出たけど、私はまだ治療かかりそうなんだ…」

顔は顔全体を覆うマスクで見えないが、明らかにしゅんとしている。
「まだ決めたわけじゃないし、西澤室長の話だとここ…元患者がゼノク職員や隊員になってる人もいるって聞いたから希望はあるよ。
その道があるならいちかと繋がれるからね」
「妹ちゃんとしばらく会えてないんだもんなー…眞は」

「いちかは相変わらず元気だよ。最近会えてないけどしょっちゅうラインしてくるし、たまに電話もくれる」
「いい妹ちゃんじゃんか」


眞、ゼノクを出るか迷っている。



ゼノク・司令室では蔦沼と南がある資料を見ていた。それは鼎に関するもの。


「紀柳院、司令候補にして正解だったかもね。時々冷静さを失ってるのが引っ掛かるけど」
「彼女を候補にしたのは宇崎司令ですよね。本当は。
いずれは宇崎が研究に没頭したいからって、補佐に抜擢したと知ったら…紀柳院、怒るんじゃないでしょうか」

「以前に比べて紀柳院はだいぶ落ち着いてるだろうよ。そりゃあ、組織に入った当初は色々あったけどさ〜」
「拒絶反応凄かったですからねぇ。御堂と駒澤がいなかったらかなりヤバかったですよ」

「僕たちはその司令候補をサポートしてやらないとね」



翌日。鼎は初めて御堂の家へ。そこは明るい雰囲気のシェアハウス。日本家屋風の和洋折衷の家だ。
私服の上から司令用のコートを羽織っているのが気になったが…。


「ホントに来たのかよ!?…てか、鼎…なんでそのコート着てるの?司令用じゃん」
「まだ少し肌寒いだろうが」
「何も司令用を着てこなくても…。お前が司令みたいになってんぞ」

「まぁ開き直ったからな。色々と」


開き直ったのかよ!?


御堂は鼎を家に入れた。御堂の家はシェアハウス。

「和希、シェアハウスなんだな。意外だ…」
「部屋来るか?」


御堂は鼎を部屋に案内する。その前に共同スペースを案内。
「ここが共同スペース。このシェアハウスの住人は皆優しいぞ。癖は強いけどな」

共同スペースはリビングのような広い部屋と和室があった。側にはキッチンもある。


キッチンには料理上手の住人、逢坂が。

「和希〜、その人が紀柳院司令補佐?」
「そうだよ」
「今日の晩飯は味噌カレーだよ〜。キーマカレー風にすっから楽しみにしてちょ」


逢坂は気さくな男性。独創的な料理をよく作るが、住人には好評らしい。

「和希の彼女、あの仮面の司令補佐とはなぁー」
「うるせーからかうな!」


御堂、少し顔を赤くしながら部屋へ鼎を連れていく。


御堂の部屋。彼の部屋は洋室でユニットバス付き。部屋は片付いていた。

「ここが和希の部屋なんだ…」
「このシェアハウス、縁側と中庭あっていいだろ?和洋折衷なところが気に入っててさ」

「見た目は日本家屋だもんな、このシェアハウス…。部屋は洋室なんだ」
「住人の部屋は全部洋室だぞ」

鼎はなんとなくベッドの上に座る。
「さらっとベッドの上に座るなよ。こっちに来いって。お前が好きなスイーツ買ってきたから食うか?」
「食べる」

「よし、ちょっと待ってろ。今飲み物とスイーツ出すからな〜」
御堂は冷蔵庫からケーキが入った箱を出した。飲み物はペットボトルの紅茶をグラスに注いだもの。


鼎はケーキの箱を見て嬉しそう。なぜならその箱は鼎がたまに買うお菓子屋さんのものだったから。

「わざわざ買ってきてくれたのか?」
鼎の声が嬉しそう。
「…ま、食おうぜ。好きなの選んで。テキトーに4種類買ってきたから2個ずつな」

「ありがとう」


このシェアハウスの住人の部屋は全て洋室だが、御堂の部屋のガラス戸は縁側に面している。
逢坂ともうひとりの住人は縁側に面しているガラス戸から覗き見していた。

御堂は気づき、ガラス戸を開ける。
「逢坂!稲本!何覗き見してんじゃー」
住人2人はおずおずと出てきた。

「ごめんなしゃい…」
逢坂、しょんぼり。
「御堂、悪気はなかったんだ!許せ!」
稲本は必死に弁解してる。


鼎はふふっと笑った。

「和希、このシェアハウスは楽しそうだな。いつもこんな感じなのか?」
「大学生とか若者ばかりだからこんな感じだよ。最年長がそこの逢坂ね」


住人を呼び捨てで呼んでるあたり、相当仲がいい雰囲気。
アットホームすぎるシェアハウス。


「稲ちゃん戻ろうか…。2人の邪魔しちゃったみたいだからな」
「そうだね」


2人は縁側から行ったようだ。鼎はツボにハマったらしく、肩が震えてる。


「鼎、どうしたのよ…」

「悪い悪い。ツボにハマってしまったようだ。ケーキ食べるか。
さすがに住人達には素顔は見られたくないからな。和希、ガードしろ。縁側から覗かれるのは勘弁だ」
「へいへい」

御堂はガラス戸にカーテンをかけた。まだ昼間なのでレースカーテン。


鼎はようやく仮面を外した。御堂は鼎の顔を見る。以前よりは火傷の跡、まあまあ目立たなくなったようには見えるが。


「美味いか?」
「美味しい」


「お前の顔の大火傷の跡、前よりは目立たなくなったように見えるけど」
「馬鹿言え。いずれは人前で素顔になりたいが、抵抗はまだまだあるしこの仮面生活からは逃れられないよ。和希はそれでも私を選んだ」

「4年前だよな…初めに鼎と会ったのは。そろそろ5年になるのか。任命式の時期、迫ってきてるだろ。
パーティー終わったら、任命式の準備をするはず。今年は鼎も任命式に参加だな。だってお前…『司令補佐』だろ?俺も出るがな。『隊長』は出ないとならんのよ」

「そうなんだ…」


2人の緩やかな時間は過ぎていく。やがて鼎が帰る時間帯に。
なぜかシェアハウス住人の逢坂と稲本が鼎を見送ってくれた。他の住人の樋口と中垣も鼎をチラ見してる。


御堂は少し照れながら鼎を車に乗せた。

「樋口と中垣も悪いやつじゃねーから。寮まで送ってくよ。
司令補佐がいきなり来たら見たいのは当然だろうが。一般市民からしたら、なかなか間近で見れない存在だから」
「そうだね。…今日はありがとな」

「いいんだよ」



御堂が運転する車は鼎が住む寮へ向かう。気づいたら日が暮れかけていた。いつの間にか長居してしまったらしい。

和希の意外な一面が見れたのは嬉しかった。あのシェアハウスの住人達、家族みたいだ。
中垣は女性のようだが。あのシェアハウスの住人、癖が強いってどういうことだろう。逢坂と稲本は確かに癖強いが。