楽しかった飲み会の翌日。鼎は御堂を救護所へ連れて行っていた。

「あー頭いてぇ…。二日酔いかな。頭ガンガンする…」
御堂はどうやら二日酔いらしい。鼎は半ば強引に救護所に御堂を突っ込め、ベッドへ。


「しばらく休んでろ!」

鼎は少し不機嫌な様子。戸がピシャリと閉まる音がした。
御堂は昨夜の記憶が所々微妙。飲み過ぎたのは明らか。


鼎のやつ、なんか怒ってる…?


御堂は素直に言われた通りに休むことにした。まだ頭が痛い。



司令室に戻ってきた鼎は宇崎に心配される。


「和希は大丈夫か?…てか、なんか怒ってない?」

宇崎は鼎を見る。彼女の顔は大火傷の跡を隠すため、白いベネチアンマスク姿だがどこか睨んでいるようにも見える。角度や陰影のせいか?


「怒ってなどいない。和希は二日酔いだ。あのままだと何も出来ないから、強引に救護所に連れて行ったよ」


救護所に行くほどか?

鼎なりの優しさだろうけど、彼女も不器用だからなぁ…。


「…あ、そうだ。鼎に話があるんだった。鼎はもしかしたら怒るかもしれないが、聞いてくれるかい?」
「一体何の話だ」

「前にお前が『司令候補』だっていうのは聞いたでしょ」
あぁ…あの長官が私を司令候補にしたというやつか。


「あれ…本当は俺がお前を候補にしたの。なんか騙してごめん」
「…長官はミスリードだったのか」

宇崎は鼎の反応を見る。怒るどころか冷静だ。


「私が補佐になってから、室長は研究室に行く頻度が増えただろ。引っ掛かっていたんだ。
…そういうことだったのか。室長は研究に没頭したくて、私を後の司令にするつもりだったのか!?」


…あ。鼎がじわじわ〜っと、イラッとしてる。これはヤバい…かな。

宇崎、かなりヒヤヒヤしている。なぜなら鼎は怒らせるとかなり怖い。


「そんなにも研究したいのか、室長は」
「俺は元々研究者だし、二足のわらじはハードだったのもあるんだよ。だから鼎…本当にごめん!謝るから!騙してしまったようで本当にすまん!」


あの宇崎が謝り倒してる。しかも最後は土下座をしてまで…。


「室長、土下座はやめろって!薄々気づいていたから許すよ。
しばらく私は補佐のままなんだろ?」

宇崎はようやく顔を上げた。
「司令になるの、段階踏まないといけないから早くても2年後とかだ。
北川は早かったけどね、司令になったの。とにかく騙してしまったみたいで悪かった!」


「わかったから…。室長、和希の様子見てくる」
「行っといで。…あれ?彩音は」

「彩音も昨日の飲み会が響いたみたいで来てないな。和希よりも飲んでいたからな、彩音は」


しかし、めんどくさい奴らだよ…。この2人、酒が入るとかなり面倒になる。



本部・救護所。御堂は少しは楽になったらしい。

「和希も休めば良かったのに。彩音は来てないぞ」
「隊長がこんな理由で休めるかよ…!頭いてー」

「もう少し休んでろ」


救護所で鼎を介抱したことは何回もあるが、まさか自分が介抱されることになるとはな〜。
しかも二日酔い。なんだか自分が情けない。



再び本部・司令室。鼎はあることを聞いた。


「室長、任命式って来月だっけ」
「そうだけど?今回は鼎も参加だな。スピーチはないが、お前は『司令補佐』だから出ないとならんよ。鼎は過去の任命式で倒れたから、バックアップの隊員は念のためつけとくぞ」

「和希から聞いた。あいつは『隊長』だから出なくちゃならないって」



ゼノクでは西澤が再び眞(まこと)をある部屋に呼んでいた。


「西澤室長、なんか予定よりも早くないですか?」

「時任眞、君の様子を見たが異常はなかったよ。ゼノクを出るのも、ここに残るのも自由だ。
…長官が君にゼノク職員、もしくは隊員の素質があるか見ていたんだが、職員になってここに残る道もある。眞…『彼女』のこと気にかけていますね」


なんで知ってるんだ!?俺が七美のこと、ものすごく気にかけてんの。


「七美の治療は当分かかる。彼女は怪人由来の重度の後遺症だから、ゼノクスーツが手放せないのは知ってるでしょ。
眞は彼女の素顔…まだ見たことないんだっけ」
「…ないです。七美はポジティブですが…本当は辛いのかも。ああ見えて寂しがりやだし」


「ゼノクを出るかどうかはじっくり考えて欲しいんだ。出戻りした人がいるのはこういうケースがあるからだよ。本人が軽度で相手が重度だと置いて行けないからね。
うちの職員にもゼノクスーツ姿の人がちらほらいるだろ?烏丸とか。
元患者で職員になってる人もぼちぼちいる。ゼノクは居場所を提供してるからこんなことも可能なわけ。だから職員のゼノクスーツ着用は自由にしてるんだ」


「俺に道があるってこと?」
「選択肢、増やしておいたよ。ゆっくり考えてね」


眞は複雑そうにして部屋を出た。知らず知らずのうちに妹のいちかよりも、七美のことが気になるようになっていたなんて。


眞はいちかに電話をかける。

「――あ、もしもしいちか?」
「兄貴どうしたの?珍しいね、そっちからかけてくるなんて」
「ゼノクを出るかどうかの話で選択肢が増えたんだ」

「選択肢ー?」
いちかのとぼけた声が聞こえた。

「ゼノク職員になって残る道もあるって言われて…。
いちかには言ってなかったけど、俺の友人がものすごく気にかかってるんだ。彼女は重度だからゼノクスーツは手放せない。それで悩んでる」
「その人…あのピンクのゼノクスーツの人?あたしもゼノクでちらっと見たことある。SNSで発信してる人だよね。七美さんだっけ?」

「そ…その人だよ」
「兄貴がやりたいことやればいいじゃん。職員として残ればゼルフェノアの人間になるからね。
でもその人、治療中ならゼノクからは基本的に許可が出ないと施設からは外出出来ないわけだし…。兄貴が気にかかってるなら、友人を支えてあげなよ」


いちかの言葉に励まされた。いちかとはいつでも会えるが、七美の場合は重度であるがゆえに体調が急変する危険も伴う。


いちかは声では元気に話していたが、かなり複雑だった。
決めるのは兄貴だけどなんだか胸が痛いよ…。

こうして時任兄妹の通話は終わった。



宇崎は鼎に本当のことを言ったおかげか、どこかスッキリしていた。鼎、ごめんな。


そんな鼎は司令室の一角で、ある分厚い本を読んでいた。

「鼎…その本どこにあったんだ?」
「司令室の片隅に小さな本棚があったんだよ。これはゼルフェノア公式司令試験の参考書か?過去の問題集もいくつか入ってた」


なんでそんなもんが司令室に…。考えられるのは先代の司令、北川か?


「司令になる段階のひとつが試験なのか?」
「かなりの難問だぞ。参考書には目を通した方がいいかもな。あと実技試験もある」


ゼルフェノアには司令官になるための関門のひとつに試験が存在する。筆記・実技試験だ。これがかなりの難問で司令になるのは狭き門。

試験対象は「組織の人間」なら自由なので、役職者以外でも受けられる。資格取得だけなら自由というわけだ。


ゼノクには意外な人が司令資格を持っている。それが特殊請負人・執行人こと泉憐鶴(れんかく)だ。
彼女は裏の人間であるがゆえに司令資格はほとんど活かされてはいないが、頭は切れる。



ゼノクでは憐鶴が初めて入居者がいる東館に行っていた。そこにはパステルピンクのゼノクスーツを着た女性がいた。
今現在のゼノクは入居者がかなり減ったから、入居者が集まる共同スペースの東館ががらがらなんだ。


七美は憐鶴に気づく。


「あ、あの…ゼルフェノア…の人ですか?黒い制服初めて見た…」
「まぁそうなりますかね。東館初めて来たのでちょっとわからなくて…。それはゼノクスーツですよね」


「…はい……」

七美はどこかしゅんとしている。何かあったのだろうか。
相手の顔がまっさらなマスクのせいで見えないからか、彼女は少しオーバーアクションしてる。


「ごめんなさい。なんか邪魔してしまいました。ここ出ますね」

憐鶴、ゼノクスーツ姿の女性を前にして戸惑う。
七美はようやく顔を上げた。ゼノクスーツのせいか、動くマネキンにしか見えない…。


「誰かわかりませんが、少し楽になりました」
「私は何もしてないですよ。なんだか悩んでいるように見えたから」


憐鶴は怪人由来の重度の後遺症患者を初めて見た。ショックだった。
軽度はゼノクスーツなんかいらないのに…重度はお洒落すら出来ないのか。

あのピンクのゼノクスーツの彼女はスーツの色を毎回変えて、自分なりにお洒落しているみたいだが。ウィッグも着けてるあたり、何種類か持ってそう。



御堂はうっかり救護所で寝落ちしていた。そこに鼎が入ってくる。


「おい起きろ。和希、何ガチで寝てるんだ!起きろーっ!!」
御堂、ようやく起きる。

「…おはよう」
「何が『おはよう』だ、もう昼だぞ。…二日酔いは良くなったのか?」
「あれ、治ってる」

「面倒かけるなよ…」


やっぱり今日の鼎はどこか不機嫌。



そんなこんなで眞は決断する。彼はゼノクに残ることにしたのだ。
それを聞いた七美は思わず眞に抱きついた。彼女の顔が見えないのはもどかしいが、七美は嬉しそう。

いちかはなんとなく予想していた。兄貴はゼノクに残るって。



そして、組織の任命式の時期がやって来る。