俺は朝一番に役員室を開けた。
鍵のある職員室にはまだ2人しか職員がいなくて「あまり無理するなよ」とお決まりの労いを受けた。透かさず御礼に加えて「お疲れ様です」とも返したけれど、それはこの時間に登校するのは辛いと思っている先生方の心の裏返しなのかなと穿ってみてから、それはそうだろうなあと苦笑する。
俺は先生方とは仲良くない。悪くもないけれど。
歴代の生徒会長と比しても断トツで教師を頼らないヤツだと言われたこともある。
だいたい俺は大人が好きではなくて教師と馴れ合う自分を想像するのも嫌だった。あだ名で呼ぶのも呼ばれるのも冷笑もので、その点は昔から京平と見解が一致していた。
だから生徒会役員室で生徒だけでいるのは落ち着く。
早速仕事に取り掛かってから暫くした時に突然声を掛けられた。あまりに驚いて手元の書類を床に落としてしまった。
「すみません!驚いて…」
少女が2人、立っていた。中等部とも高等部とも付かない顔立ちだ。
2人が手伝おうとするのを制止して顔を上げる。
「生徒会にご用ですか」
「……」
「……ゆっくりお話した方が宜しいですか…?」
逼迫した表情に嫌な予感がする。第一こんな早朝から何を告げに来たのだろう。手早く書類を拾うと適当に机に乗せ、応接室の扉を開けた。
高等部の役員室はとても広く、普通教室2つ分はある。しかし執務机のあるスペースは3分の1以下で、あとは小綺麗な会議室といくつもの資料用の古い棚があるだけだ。会議室は小さいけれどちゃんとした壁で仕切られ扉も付いていて中の声は思うより聞こえない。ただ資料棚か執務机のある場所のどちらかを通らなければ会議室には行けず、俺たちはそこを生徒会役員用であるという意味で応接室と呼んでいた。
しかし彼女たちは応接室には入ろうとせず、その場に立ち竦むのだった。
本当に嫌な予感がする。
「優実」
「…あ、あの、」
一方に促される形で優実と呼ばれた女の子が話し始める。2年生の高村さんという子らしいが、やはり中等部か高等部かは分からなかった。
促した方の女の子は「私は失礼します」と退室する。
それで漸く分かった。なんだと安心するわけにもいかないけれど。
「あの、先輩にお聞きしたいことがあって、」
「……」
「先輩、彼女できたんですか」
衝撃のあまり作り笑顔を忘れた。
「はっきり教えてください!先輩、彼女できたって噂になってるんです」
「……」
「先輩ずっと忙しそうで。いつも誰かといるし、機会なくて、こんな時間に…」
勢いなのか女子の力なのか押しが強くてどう切り返せば良いのか全く分からなかった。
告白されたことはある。直接当事者によるか間接的な手段によるかのどちらかなら。しかしこれは、なんだろう。そもそもこれは告白なのか。単に噂の真相を知れば満足だとは思えないけれど。
混乱というよりは呆気に取られていた。
「色んな噂があってほんとのことなんて先輩に聞かなきゃ分からないし。先輩、」
「ごめんね。その、噂のことは俺はよく分からないんだ。いつのものなのか、誰とのことなのか、とか」
「……今です」
「俺には覚えがなくて、」
嘘だ。
「じゃあ、今、彼女いますか」
「いいえ」
「え」
これは本当。
「ほんとにいないんですか!?」
「うん」
「……あの、私、」
「……」
「先輩のこと好きです」
ああ、ごめんね。
生徒会長になってからこういうことが増えた。目立つのは分かるけれど、知らない人から突然告白されても俺としては困る。京平は喜んでいたけれど。
『友達に自慢できる』
彼女にそう言われた時、俺は悲しかった。
どうして俺の個人的なことを知ろうとするのだろう。俺のプライベートな写真や情報が売り買いされているのは知っている。そういう対象にされているのは俺だけではないし、あまり被害者振るのも間違っているけれど、それでも嫌なこともある。
朝来に迷惑が掛かったら、嫌だ。
「俺ね、彼女はいないけど、彼女にしたいって思ってる人はいるんだ」
「……それって…」
「でもこれは片思いだから、人にはあまり言わないでね」
「……」
「好きって言ってもらえてすごく嬉しい。けど高村さんとは付き合えない。ごめんね」
高村さんは、顔を真っ赤にして帰っていった。