湊さんの彼女は隣にいる俺よりも紘平たちの方が気になっているらしかった。紘平が選りに選って湊さんのような女に興味を持つ訳はないけれど、彼女が湊さんの彼女である以上はそれも仕方ないだろう。
俺もそうだったように。
「お前、中2?」
彼女は俺から話し掛けられるとは思っていなかったのか怪訝そうに一瞥した。
「そうですけど」
そしてその顔が美人の部類であることに気付いた。化粧っ気がなくて髪が短いから男っぽく感じるけどその目元も唇も鼻筋も美人のものだった。
男ならそこそこ男前だったに違いない。
「俺は高2。風紀で紘平とちょっとは仲良かったから言うけど、湊さんはそんなに紘平のタイプじゃないと思うよ」
「あー、そうですか」
だって真性のホモだし。
俺もだけど。
「心配だったんだろ?」
「べつに、」
女に興味ない俺が湊さんとその彼女には興味を持っている。それは彼女たちの短いスカートや大きい瞳が他の多くの女のように男に媚びるためにある訳ではないと明らかだからかもしれない。または態度や言葉遣いにそれが表れているからかも。
向こうは未だに疑わしい目付きだけれど。
「湊さんって可愛いから恋人いるだろうし、紘平もモテる方だし」
ホモだけど。
「あの。なんでそういうこと私に言うんですか」
知ってるからだよ。
湊さんが恋人同士だと言ったことをこの女は知らない。あんな風にあっさりカミングアウトすることは彼らにとっても特例らしい。
同性愛者の恋人同士だって言ってくれたらいいのに。俺は笑ったり蔑んだり、絶対にしないから。
「だって怒ってたろ」
「…あれは、約束してたのにすっぽかされたから、」
「『普通』あんなに怒らない」
「……」
吐露してしまえ。
「学年が違うのに随分仲が良いんだな」
そうしてくれたら中学2年の時の俺が望んだ言葉を、欲しかった言葉を、いまこの女に言ってやるから。正面から受け取ってやるから。
「…意味、分かんないですけど」
分かってるんだろ。
「俺は分かってる」
独占欲でぐずぐずの癖にいざとなったら躊躇する。温い思い遣りなら吐き捨てたいのに現実では作り笑いで歓迎する。
分かるから。聞こえるから。
「……」
半端な慰めや同情はしない。芯まで認めてやるから嘘のない本当のことや隠したくなかった自分のことを話そうぜ。変に同じ舞台に立つ必要なんかないって俺たちは知ってるから。
『お前はおかしくない』
だったら俺に男を紹介してくれよ。
『お前は悪くない』
口はいいけど目が責めてる。
『お前が好きになれる女の子もきっといるよ』
それで俺を『普通』にするのか。
『良いこともあるよ』
お前が明日、バイに目覚めるとか?
「紘平は湊さんのこと取ったりしないよ」
俺が言いきる前に彼女は立ち上がった。その勢いで椅子が少し音を立てて紘平たちが伺うようにこちらを見たけど、彼女はそんなこと眼中にないようだった。
意思の強そうな双眸は俺を見据えていた。
「男の癖にネチネチ回りくどいこと言ってんじゃねぇよ!」
「…あ」
「あたしらがレズってんのが面白いかよ! ぁあ!?」
「いや、」
「そっちこそ毎日科学室でコソコソ連れ弁かよ! だいたいこっちの心配してる場合か!? ぁあ!? 風紀委員長とあかり先輩がデキたらウジウジすんのてめぇの方じゃねぇのか!?」
「待て、」
「なんだよ!」
茫然としている紘平の隣で、湊さんは大きな瞳を瞬かせて首を傾げた。
「……」
俺がしたかったのはこんなことではない。
聞きたかったことは、言いたかったことは、こんなことではない。傷付けるつもりも煽るつもりもなかった。
「……あ、」
彼女にとっても、そうだっただろう。