※BL、大学生同士
※母親に嫌われた子供
※R15、15歳未満の方は読まないでください
治といると素の自分でいられる。飾らない自分、自分のことを好きな自分。俺は父親似の失敗作じゃないし、ババァに罵倒されることもない。
俺は治の体に腕を回して頬ずりした。
ああ、いい匂いがする。風呂に入ったからか。でも、いっつもいい匂いがするから、俺と治は匂いの相性がいいのかもな。だから体の相性も、とか言ったら治はキレんだろうけど。
「オニィさん。帰って来たんじゃね?」
治がそう言って俺の腕に触れた。
音に敏感な治がいつも先に気付く。玄関の鍵が開けられる前に、車のエンジンとタイヤの音で、硬質な革靴がアスファルトを攻撃する音で、あいつの不気味なハミングで。
「四方。寝てる?」
寝てない。起きてる。治に抱き付いて背中の匂いを堪能してる。はぁ、マジでいい匂い。
「起きてる。帰んの?」
俺が聞いても治は黙ったままもぞもぞ動いた。
治は兄貴を避けている。初めてうちに来た時に、俺のセフレだと思われて絡まれたことが割とキツかったらしく、トラウマになっているようだ。俺と兄貴はけっこう仲良いから、俺としては微妙だ。あの日の兄貴は機嫌が悪くてテンションがおかしかったから、まあ治の気持ちも分かるけど。
だから治は兄貴と顔を合わせないように必死。
「今から帰るのめんどくさい」
治は身動きせずに答えた。
多分だけどね、こういうこと言う治は、引き止めて欲しいんだと思う。治自身はそれを女みたいって言って嫌うけど。それの何が悪いって言うんだ?
俺だって女の好き嫌いくらいはある。傲慢で香水臭くて自分が人類のヒエラルキーのてっぺんだと思っていて四つん這いにさせた男の背中に足を乗せてハイヒールの汚れを落として笑いながら手鏡を覗くような、そんな女は大嫌いだ。でも一人になるのが嫌でベッドの上で我が儘を言う女は可愛いと思う。
治は可愛い。
「お前ってさあ……」
「あ?」
「俺と居るのつまんない?」
「なに、急に」
だってそうだろ。
つまんなそうな顔。
なんとも思ってなかったこいつのこと、今は割と気にしてる。そういう気持ちをもっと別の名前で呼ぶには、まだ俺には覚悟が足りない。
「お前のこの背中、けっこう好き」
「きもちわる」
治は心底嫌そうな声でそう言って、身震いした。本当に嫌なのかも。
こいつは、俺に憧れていて俺に成りたいとか言う癖に、俺のことを気持ち悪がる。大学でも俺に熱い視線を寄越す癖に、一緒に居るとそっけない。今の俺は、それをなんなんだって切り捨てることができない。
このぐちゃぐちゃに絡まった感情をほどいたら、一本の糸になるだろうか。
その糸が辿り着く場所は?
それはきっと、おそろしい。
でも知りたい。
「なぁ、治はどんな女が好き?」
俺は質問しながら治の体に回した腕に力を入れないように気をつけた。それはたぶん成功している。
治は直ぐには答えなかった。
答えを待つ間、俺は願った。
たとえば答えが、色白で華奢で守ってあげたくなるようなオンナノコ、とかならいい。バスト100以上、ウエスト60以下の超美女、とか。料理が上手で文句は言わなくていつも笑顔で童顔で優しくて嫌煙家じゃなくて俺にべた惚れしている子、とか。そんなのならいいって思った。
だってそんなマンガに出てくるようなヒロインは存在しないし、そんな理想はないのと同じだ。同じような理想を持った多くの男は平凡な女と結婚して子作りしてそれを幸せとか呼んで満足してんだろ。
暫くして、治は鼻で笑った。
「どんな男が好きか、って聞かねえの?」
俺はそれを聞いて我慢できなくなった。仕方ねぇだろ。この匂いを嗅ぐことを許され、背中に頬ずりすることを許され、体に触れることを許され、それでこんな思わせ振りなことを言われて平気なわけない。
絡まっていた感情をハサミで切り刻まれたんだ。
お前のせいだ。
お前はこの感情のゴールなんか知りたくないんだろ。こんなぐちゃぐちゃに絡まった糸は丁寧にほぐす価値ねぇって言いたいんだろ。
ひどくないか?
俺は治の上に乗って治の顔を上に向かせてキスした。
「なに急に」
慌てた治もかわいいな。処女っぽいリアクションが演技じゃないことを祈るよ。
俺はもう一度キスしようと顔を近付けたけど、治の手に阻まれた。
「ちょっと待って」
「……」
「なにこれ」
なにってなんだよ。童貞か?
「いいじゃん」
「は、え。よくない。なに言ってんの」
「兄貴が嫌ならホテル行くけど」
「セックスするってこと?」
「まあ、そう」
また顔を近付けたら、今度は嫌がられなかった。ディープをしたらちゃんと応えてくれたから、こいつは何回もこういうことヤってんだってわかって逆にムカついた。
処女じゃねぇじゃん。
そうか。キスなら兄貴ともやったのかもな。それ以上のことも。
大学デビューのくせに。
当たり前か。こいつ女好きだし。
クソビッチが。ムカつく。
「いや待って。俺とヤりたいの?」
「うん」
俺は答えつつ治のシャツの下に手を入れて体を触ってみる。膝で下を刺激するとちゃんと反応した。なんだかんだ言ってもちんこを立たせたら勝ちだと思っている俺は、さらに手でそこを刺激した。
「待て待て! ムリ!! さすがにムリ!!」
「何言ってんの。ムリじゃねぇだろ」
ゆっくりヤればいいし。最後までできなくてもいい。友達以上の関係になりたいだけだ。
「四方は女が嫌いなんだろ! だからって俺を使うなよ!」
余りに治が抵抗したから、俺は手を止めた。
「は?」
「わかるんだよ。俺も女は好きじゃない」
そんなこと聞いたことねえよ。お前は女好きだろ。今まで何人もの女を褒めてセックスしてきたんだろ。
「じゃあお前は童貞なの?」
治は言葉を詰まらせた。
「はいはい、わかった。大丈夫。ムリなことはさせねぇから」
「話し聞けよ!」
「聞いてる」
「聞いてないだろ!」
「じゃあお前は? さっきの質問の答えは?」
「は?」
「好きな男のタイプは? 俺、とか言ってくれんの? ああいうこと言ったのは、俺がセックスの対象だから? お前は女が嫌いだからって男ともヤるの? なんでうちに来るの? 期待させて、何もさせないのはひでぇよな? お前は今までそういう女に何もしないで家に帰してきた?」
治は眉間に皺を寄せた。
治は何も答える様子がないので、また体に指を這わせたら、やっと口を開いた。
「四方がタイプだよ」
は?
治は顔を真っ赤にしている。肌が白いからよく目立つ。
「お前、男も好きなの?」
「違う」
「ああ、そう」
そうだった。こいつ、俺が理想とか言ってたことがあったんだった。憧れてるとか。
じゃあ、どうすりゃいいの?
俺は、真っ赤な顔で震えている治をどうこうする気になれなくて、横に寝転んだ。
「女が嫌いってマジ?」
俺が聞くと治は「うん」と頷いた。
「女が嫌いなやつは合コン行かないだろ」
「てか、同い年の女が嫌い。セックスはいいんだけど、それ以外の時間ずっと一緒にいると落ち着かない」
最悪だな、それ。
「俺は別に平気だけどな。いいじゃん、女が楽しそうに集まってんのとか。そういうの眺めんの好きだけど」
「うそだろ?」
治がうんざりした顔をしたので俺は笑った。
「じゃあ、どんな女ならいいんだよ」
「大人な女」
なにそれ。キモい。
「脚が細くて目尻に皺があるババアでも?」
冗談で言ったのに、治は「嫌いじゃない」と答えた。
最悪だ。どうかしている。
「俺とお前は全然違う。お前の趣味は救いがないし最悪。女が嫌いなんじゃなくてマザコンなだけだろ」
治はぼーっと天井を見上げながら、「じゃあ」と言った。
「じゃあお前は、どんな女ならいいの?」
「可愛い女。偉そうなババアは死ぬほどムカつく。考えるだけでぶん殴りたくなる」
たとえば、あの女とか。
俺と兄貴を馬鹿にするあいつ。
「四方」
「あ?」
「気付いてねぇの?」
「は?」
「お前こそ、マザコンこじらせてんじゃねぇの?」
「は? ぶっ殺すぞ」
マザコン?
俺が?
お前みたいに女に母性求めてねぇし。同い年の女が嫌いで年上が好きとかいう救えないマザコンと俺は違う。
治は黙った。
「治ってストレートで大学入ってる?」
「え、ああ。そうだけど」
「じゃあ俺のこと好きなのも当然だな。俺、一浪してるからイッコ年上。だからお前は俺に惚れたんだろ。マザコンらしくてウケる」
「え、一浪してんの?」
「うん」
治は、笑った。
「年上だから好きになっただけなんだ。四方はそれでいいの?」
その笑顔は、自然で、平和で、構い倒したくなるような感じで、やわらかくて、桃を握りつぶして溢れ出てきた果汁みたいな甘ったるい芳香と濃度があって、俺はそれが溢れ落ちないように口に入れてしまおうと思った。
「え。は!?」
治は目を見開いて俺の胸に手を突いて思い切り押した。
でも俺には治のささやかな抵抗ぐらいどうってことなかった。
だって、早く食べなきゃ。
治の口を舐め回して、舌を突っ込んだ。舌を絡めて歯列をなぞって唾を飲み込んだ。手は治のズボンに突っ込んでちんこを掴んで強引に扱いた。
「ん……!」
おかしいな。
マズい。桃の味なんかしない。
でも、すっごくいい。
治が口元に手をかざしてキスを止めた。俺はその手を掴んで口から引き離した。もう一度顔を近付けると、今度は逆の手で口を塞がれたので、キスを諦めてちんこを扱き続けることにした。
「マジで死ね!」
「なんで? 死因は?」
治は我慢できなくなったのか、口を守っていた手でちんこを扱く俺の手を掴んだ。もちろん俺は、ちんこを諦めてキスするだけだ。口から顎を伝って耳の中まで舐めあげると、けっきょく治のちんこは元気になっていく。
「やめて。マジで…」
「恥ずかしいの? かわいい」
「やなんだよ……」
やばい。そそる。
なんかくる。
早く食べなきゃ。
「やじゃないだろ。喜んでるように見えるけど」
返事がないから顔を離して治を見たら、泣いていた。
見覚えがある。あの日、初めて治がうちに来た日、兄貴に押し倒されていた治、あの日の治だ。泣いていた。悔しそうに、つらそうに。
「え、ごめん、そんなに嫌だった?」
手を解放してやり、体を浮かして治から離れると、治はベッドから崩れ落ちるようにして床に座り込んだ。
「ほんとごめん」
俺は一体。何をしたんだ?
「ごめん……」
呟いたのは、治だった。
「四方は俺とヤりたいの?」
俺は答えに詰まったけど、ここで嘘をつくのも違うと思った。言い訳が思い付かなかったっていうのもある。
「まあ、そうかな」
「セフレにしたいの?」
「それは、なんか違うけど」
「じゃあ女が嫌いだから?」
「いや、それさ。さっきから俺にはよくわかんねぇんだけど。お前が女嫌いっていうのは、まあ、わかったよ。マザコンって言って悪かったけど、実際俺にはそう聞こえたんだからしょうがねぇじゃん。でも、俺は女が嫌いじゃねぇし、マザコンでもない。絶対違う」
「お母さんを好きになりたいのに好きになれなくて、現実逃避してんじゃないの?」
「は?」
「俺の趣味が最悪なら、四方の趣味も最悪だよ」
好きになりたいのに好きになれない?
それはあり得る。それならあり得る。
幼心に何度も考えた。なぜ母親は自分を嫌うのか。答えはわからなかった。だから俺も嫌うことにしたんだ。
母親世代のババアが死ぬほど嫌いで手近な女をセフレにしてきた。だってあいつらはいつかババアになって俺を罵倒するに違いないから。本気で好きになるのはいつも男。治とそうなる予感はあった。
治のことを馬鹿にしたのは同族嫌悪から。
同世代の女が嫌いで男に憧れる治。なんとなくだけど、過去になんかあったんだろう。女に欲情するのに心は男に持っていかれるらしい。それで俺なんかに引っ掛けられた。
たぶんどっちも趣味が悪い。
向こうの方が趣味が悪いとか言い合っても仕方ない。意味がない。あした腐るみかんが今日腐ったみかんを見下すようなもんだろ。けっきょくどっちも腐るんだ。もしくは昨日まではどっちも新しかった。
「糸がほどけた気がする」
固くてほどけなくなってた結び目を治がハサミで切ってくれた。一本の糸ではなくなったけど、おかげで糸の先がようやく見えた。
「なに?」
治が振り返って俺を見上げた。
「好きだからだろ」
おそろしくなんかない。目を背けたくなるようなコンプレックスを抱えているのかもしれないけど、未来はある。悪趣味だけど最悪じゃない。救いはある。
糸の先には「好き」って感情があるだけだった。
馬鹿だったんだろ。
俺もお前も、ただの馬鹿。
「は?」
俺は「だから」と言って治の横に座った。警戒した治は俺からちょっと距離をとった。
「好きだからヤりたいんだよ。だからセフレじゃなくて、俺の彼氏になってくんない?」
治は目を丸くして、顔を真っ赤にさせた。
それはやっぱり桃みたいだった。
治は困ったように眉尻を下げて、「それならいいよ」と言って笑った。
曰く、“青柿が熟柿弔う”。