「なんでこんな計算間違えたんだろう…」
石田は先日あった模試の問題と解説を机に広げて顎に手を当てている。数学の点数が思うように伸びなかったらしい。
今はまだ浪人生は別の模試を受けているが、夏を過ぎれば合流して同じ模試を受けることになっている。順位や偏差値もそれに伴って下降するし、成績のいい彼にも不安感があるらしい。
本番では誰とでも対等に競うのだから、今更悩む程のことかと俺は思うけれど。
石田は問題用紙を繰った。
「緊張してたとか?」
「うん、まあ。それ程じゃないけど…」
「大丈夫だろ。君なら」
「そうかな」
「多少の上がり下がりは俺にもあるし」
「キューにも?」
俺はロボットかよ。
「もちろん」
それでも石田はぼんやりノートの計算と解説を見比べていた。落ち着いて解き直したのであろうノートの計算には間違いはない。
チャイムが鳴ったので石田はのろのろと机の上を片付け始めた。
1年後には進路が決まっているんだ。
頑張れ。
丸まった背中に俺は思った。
そうして自分の席に戻って行く石田を眺めていると、戸田が視界を塞いだ。長身で体格も良いので目の前に立たれると自然とそうなってしまう。
「……」
戸田はただ黙って立っている。
「何見詰め合ってんの」と秋津が茶化したので漸く戸田ははっとしたらしい。慌てて自分の席に着いていた。
挨拶も無し?
「戸田、」
俺が呼ぶと戸田は振り返ったけれど、直後に先生が来て授業を始めたので話すことはできなかった。
授業を終えて教科書を片付けながら戸田を見ると、彼は窓の外を眺めていた。授業が終わっていることにも気付いていないのかもしれない。
「今日学食行きたいんだけど」
秋津が財布を持って言った。
秋津とは去年から急に仲良くなって、今では毎日昼を一緒に食べている。図書委員だった頃は一人でさっさと食べて受付をやっていたので、こういう友人がいるのはなかなか心地好かった。
キューというあだ名を付けたのは彼だ。
「いいよ、」と立ち上がると、秋津の隣には戸田がいた。
「……」
俺の可笑しな態度に気付いて秋津は戸田を見て、戸田も秋津を見た。2人は互いにどう声を掛けて良いのか分からないといった顔をして目を合わせていた。
「とりあえず食堂行く?」
俺の言葉に秋津はやっと「戸田も一緒に来たいの?」と言ったのだった。
「…じゃあ、良い?」
戸田が机に昼食を取りに行くのを秋津は睨んで待った。
秋津は誰とでも仲良くする人間ではない。プライドが高くて独占的が強いから大人数の中で上手くやることが難しいのだ。
俺は正直秋津が好きではなかった。
眞木と伊佐木と連んでいた頃の秋津は教師によく反抗していて校内での評判は余り良くなかった。何より、成績に関してシビアな慶明には珍しく、彼らは所謂“家柄を笠に着た”態度を取っていた。
今でもそういう一面はある。
秋津だけが5組になったから、彼らの中でも何かあったのだろう。
「混んでないといいな」
秋津の気を紛らわす為に言った言葉に「混んでたら戸田のせいだね」と返されてしまい、俺は憂鬱になった。
誘わなければ良かった。