※異性の幼馴染み
どうしてカンナだけ特別なんだろう?
「見てこれ。ヤバくない?」
カンナは頭の悪いギャルみたいな口調で奇妙な黄色いものを差し出した。カンナの指がそれを押すと、コミカルに踊る。
「つか、東京ばな奈じゃん」
「しかもスカイツリー限定なんだよ。ヤバい面白い」
カンナは東京ばな奈を両手で持って、楽しそうに踊らせた。
私はぷっと吹き出して笑った。
カンナは昔からそうだった。発想力があって面白いことが好きで人を笑わせる才能があった。それも心が和むような、穏やかな笑いを誘うのだ。
カンナのその才能を間近で見てきたおかげで、私は『天然』振るのが上手くなった。それで男を騙して女の人生を謳歌している。私は自分の美貌だけの魅力に甘んじないで、中身もよく磨いているのだ。
「ねえ」
「なに」
「木嶋さん、準ミスだったね」
「なにが?」
カンナ、まさか、知らないのかな?
「ミスコン出たじゃん。ちなみに私が一番だったんだけど」
「え、すごいじゃん」
「うん。ありがとう」
「ミスコンってなに。なんの?」
「ほんとに知らないのね。てかうちの学校のミスコンだけど」
「まじか、すごいね。これあげるよ」
カンナは感心したような顔で東京ばな奈を一つ差し出した。カンナが遊んだせいで真ん中が少しくびれているけど、一応「ありがとう」と言って受け取ることにした。
「彼女から聞いてないの?」
「だれ?」
「いや、木嶋さん。まだ付き合ってるよね?」
「ああ、百合ちゃん。付き合ってるけど会ってないから分かんない」
またそのパターン。
カンナは付き合ってと言われたらその時に恋人がいなければ誰とでも拒まず付き合うのだけれど、付き合っても特別扱いしてあげないからすぐにまた別れてしまう。連絡は無視、会っても無言、デートのプランは立てない、友達との約束を優先する、そして我慢できなくなった相手に別れを切り出される。
馬鹿なんでしょう。
私より、たぶん酷い。
「てか、最近携帯見てる?」
「見てない」
「なんで。失くしたの?」
「いいじゃんべつに」
良くねえよ。
私は連絡取らなくてもカンナの家に来ちゃえるけど、たぶん彼女はそうは行かないでしょう。
「どこにあんの?」
「だから、どこでも良くない?」
また、カンナはギャルみたいなことを言う。
カンナが誰かに影響されるとは思わないから、たぶん元からカンナの中にはギャルの遺伝子があるんだと思う。もしくは、ギャル男と付き合いがあるから、どういう理屈かそれに影響されてギャルみたいになってるのかもしれないけど。
「良くない。私がカンナと連絡取れないじゃん。嫌なんだけど」
「連絡してこないじゃん」
「つーか、きのうしたけど」
カンナは真顔で私を見た。
「まじで」
まじだよ。
きのうライン送ったのに既読も付かねえんだもん。カンナに無視されるとなんか嫌なんだよね。なんでか凄く嫌なんだ。
「失くしたっつうか、あれ、ゴウ君のとこにあんだよね」
カンナは東京ばな奈をローテーブルに投げてからベッドに寝転び、はっきりしない口調で言った。
【友達の恋】
『ゴウ君のとこ』にある?
カンナはそう言った。
ゴウ君はカンナのお兄さんの同級生で、私達とも昔から付き合いのある人だ。カンナのお兄さんとカンナとゴウ君と私の4人でよく遊んだ。カンナのお兄さんがアメリカに行ってからは、私は余り会ってなかったけど、二人は今でも会っているらしい。
「ゴウ君のとこなら、すぐ取りに行けんじゃん」
「距離を置きたい気分なの」
「は?」
「ゴウ君のさ、みーちゃん関連で、たぶんちょっと怒らせたんだ、おれ」
カンナは体を反転させて布団に顔を埋めた。
「みーちゃん関連ってなんだっけ?」
「ゴウ君が好きな人。ゴウ君が高校くらいから片想いしてる人」
「あの人、男子校じゃん」
「だってあの人、男が好きじゃん」
は?
なんで当然みたいに言うの?
「それでどうしてカンナがゴウ君を怒らせたの?」
カンナは布団から顔を覗かせた。多くの女の子や大人達を虜にした上目遣いは私にも多少の効果がある。
「おれ、みーちゃんと仲良いんだ。それがゴウ君にバレた」
「ちょっかい出してたってこと?」
「違うけど。ゴウ君にとってはそうだったかも。ゴウ君はみーちゃんの連絡先知らないっぽいんだけど、おれ、そのこと知ってたけど、みーちゃんの連絡先ゴウ君に教えなかったし」
なんか助言してあげたいんだけど、何も言うべき言葉がない。ここまでなんて言っていいか分からない状況に、私は遭遇したことがなかった。
友達が片想いしている人とは、友達になるのも許されないの?
私はそういうの分からない。
恋愛にルールは無い、というのが私の持論。
「じゃあそう言うしかないじゃん」
「そういう雰囲気じゃないんだよね」
「一緒に着いて行こうか?」
「まじで」
「まじだけど」
カンナは割と本気で喜んだ。
「とりあえず、なんで連絡先教えてあげなかったの?」
それって重要だよね?
「なんとなく」
「は?」
「いいじゃん、べつに」
「良くないでしょ。なんで友達の恋を応援してあげないの」
「そうだけど」
「カンナも、その、みーちゃんが好きなの?」
「好きだけど」
「は?」
「てか、みーちゃん、たぶんゴウ君のこと好きじゃないよ」
「どゆこと?」
「みーちゃん、ゴウ君のこと避けてたし」
「それで連絡先教えなかったの?」
「それは、なんとなく」
なるほど。
ちょっとはカンナの考えが分かった。
好きでもない人間からのアプローチほど面倒なものはない。好きでもない人間に連絡先を教える必要などない。カンナは間違ってない。それは、きっと、私がカンナの立場でも同じだったと思う。
「でもさ、カンナの携帯がゴウ君のとこにあるってことは、もう連絡先バレてるってこと?」
カンナはまた顔を布団に埋めて、こもった声で「わかんない」とだけ答えた。
そうだよね。
そんなこと分かんないよね。
「でもさあ」
私が言うとカンナは「なに」と答えた。顔は布団の中に潜っていて見えないままだけど、たぶん見た目程には落ち込んでいないということがなんとなく分かる。
「ゴウ君って、自分の欲しいものを他人から奪うタイプじゃないじゃん」
ゴウ君は、欲しいものは向こうから手の中に転がり込むように工夫するタイプだ。奪ったりはしない。他人を傷付けて目的を達成することを喜ぶ人間じゃない。ズルして得た連絡先で好きな人にアプローチするような人間なら、あんなに多くの人から信頼されてない。
「うん」
カンナは小さな声で同意した。
「たぶん大丈夫でしょ」
私が言うとカンナは頭を小さく動かして頷いた。私はそれを可愛いとか思っちゃうんだろうな。
他の誰かならこんなことにはならない。他の誰かなら、世界中の誰でも、こんなことにはならない。私は他人の恋愛なんか興味ないし、ましてや恋愛絡みの問題を解決するのに手助けすることなんかない。
でも、いま、私は。
カンナを助けたい、って思ってる。
なんでカンナだけ特別なんだろう?
私はカンナのために、携帯でゴウ君の連絡先を開いた。